[1747] ああ、堂々の選挙違反2 投稿者:ロシアチョコレート 投稿日:2003/08/16(Sat) 12:42:43

私は自首し、市川雄一は雲隠れ

――もう一度確認しますが、山口さんは現場で暴行を目撃しているんですか

山口 見ました。選管の人が土下座させられて、殴られて、血を流しておりました。

――事件の後、市川さんは創価学会の組織から消えてしまった?

山口 雲隠れです。でもそれからほぼ1カ月後、桜台の投票所に行った私たち男子部全員が会館に集められたんです。そのときの話では、練馬警察署や警視庁が捜査していて、創価学会男子部の暴動であることは明らかだ。ついては、何人か自首せよ、ということになった。それで幹部から「お前、どうだ」「いや、うちには子供がいて」とか「仕事が」とかで逃げている。

――では、誰が自首したのですか。

山口 私です。当時、私は自家営業をやっていて、まあ“革命精神”で名乗り出たんです。それと、やはり同じ隊長という要職で塗装業を営んでいたM君という2人で自首することになりました。

――どこに自首したのですか?

山口 最初、地元の公明党区議に連れられて公明党本部に行きました。会議室には公明党の国会議員とか都議とか十人ぐらいいたでしょうか。そこで取調べを前提にしてデタラメ証言を作成したんです。第1に、私は隊長でしたが、学会員ではないことにしました。また、事件が起きた投票日当日は、釣りに行ってることにしたんです(笑い)。
 それで自宅に帰ったら「共産党が学会幹部をやっつけている」という話を聞き、うちの親も学会に入っているから、共産党が憎いと思って投票所に向かった。こんなウソのストーリーを作り、練馬警察署に出頭したんです。

――どんな取調べを?

山口 しつこく聞かれたのは市川雄一氏が現場にいなかったか、ということ。学会機関誌『聖教グラフ』に写っている市川さんの写真を見せられて、この男が現場にいたはずだ、と。でも私は一切知らない、見たことない、だいたい本当は創価学会なんか大嫌いなんだと言ってウソを通したんです。

――取調べは何日間でしたか?

山口 練馬警察署は2日間。その後、何カ月か経て検察庁でも取調べを受けました、そのつど、学会や党本部に報告してましたが、党本部からは「生涯、しゃべるな」と強く言われましたね。

――山口さんは現在、学会を退会されていて、当時の事件をどう思っています
か。

山口 信仰者が暴力を振るうなどあってはならないこと。広宣流布のためなら、たとえ選挙不正をやっても、学会から見れば正義になる。そのうち、法を犯しても罪を感じなくなる。こうした人間に形成されていくのが怖い。

――細谷さんは、この事件を知ってましたか。

細谷 市川君の問題は知ってましたよ。実は神奈川で所属組織が私と一緒の部隊で、役職では私の下だったんです。口の達者な人でしたね。

取調べのショックで自殺者も

後呂 私も選挙活動はよくやりました。商売をやってますから、人に接触する機会が多く、選挙のたびに、1千票ぐらいのF(公明党支持票)を取っておりました。妻も学会婦人部の幹部でしたから、2人で選挙活動をやりましたね。だいたいわが家がその地域組織の拠点になっていたんですから。

――公明支持をお願いするとき、やはり手土産持参で?

後呂 そりゃそうです。相手に応じて菓子とか、魚とか。それに、いつも公明党の立候補者には金を出しておりました。

――誰に金を出すのですか?

後呂 選挙になると学会の幹部が集金に来るんです。陣中見舞いというか、十万円以下なんていうことはありません。もう、どれだけ学会のために金を使ったか(後呂氏は毎年の財務納金に数百万円。昭和45、6年、地元の埼玉県・所沢会館を建設するとき、学会に3千万円を寄付している)。

――陣中見舞いについて、議員経験の桑原さんが詳しいのでは?

桑原 たとえば私が候補になると、当選責任者として学会幹部が1人つくんです。その幹部が選挙期間中全部仕切るんですよ。陣中見舞金もそうです。公明議員の選挙はね、学会本部に始まり、学会本部で終わるんですよ。

――どういうことですか。

桑原 選挙スタートの日。われわれ公明党の立候補者は、タスキを隠して地域の学会会館を訪ね、中に入ってタスキをかけて”広宣流布のために勝たせてください”と会員の前であいざつする。その後で、選挙事務所に戻って第一声。選挙が終わって当選のあいさつも地域の学会会館でやるんです。

――学会員は大変な支援活動をしてくれるわけですね。

桑原 私の選挙ではないのですが、想い返すたびに胸が痛くなる事件があるんです。学会員による戸別訪間などはもはや当たり前の選挙活動になっているんですが、あれは昭和42年1月29日の衆院選でした。
 私の親戚で婦人部の学会員が、戸別訪問の容疑で警察から2度にわたって取調べを受けたんです。その取調べがショックで、鉄道自殺を図りました。小さな子供が4人おりましたけど……。(RC:●●員は自殺した人を「弱い」と言うだけ……)

――さきほど、陣中見舞いのことが話題にでましたが

桑原 陣中見舞金は、私たち候補者は一切タッチできません。いくら集まり、どう使われたかも知らない。管理は学会の幹部で、余った金は公明党本部に持っていっていたようです。私は昭和58年まで区議を4期務めましたが、その間、陣中見舞金には、ただの一度も触れたことがありません。他の公明党議員も同じでしょう。選挙の遊説隊だって、全部学会が指令する。

鈴木 うちの3人の娘も公明党の遊説隊を経験しています。手弁当でした。

桑原 議員の選挙活動も、学会幹部が全部スケジュールを立てるんです。立候補者は学会のロボットみたいなものですよ。それだけ、学会の皆さんは選挙に一生懸命になるんです。

鈴木 選挙態勢に入ると、自分の家のことなんかなにもできません。洗濯も掃除も。それで朝から毎日、F取りです。

山口 学会活動家なら全員がそうですよ。

細谷 われわれ学会員は、そういう選挙活動を何十年とやってきたんです。

山口 とくに学会幹部の家なんかすごいね。選挙期間中はもうグチャグヂャ。

鈴木 洗濯物なんか3日も4日もたまっちゃう。

仰天! 違反の実態と証拠隠滅

――現在もそうですか。

鈴木 いまだってそうですよ。私の家も拠点だったのですが、一日じゅう学会員が出入りして、勝手に冷蔵庫は開けられて中がカラッポになる、お茶なんかも1キロ、2キロ単位で買ってくるんです。

細谷 私の場合は上からの指令で、南九州に行けとか、北九州だとか、次は神奈川県の小田原方面。それが終わると千葉県と。交通費も全部自前ですよ。

鈴木 私も派遺で文京区に入ったことがありました。3力月間、自宅から毎日通ってF取りです。もちろん手弁当。あんなことやって公明党議員を当選させて、いま、私に何が残っているかって思うんです。

後呂 本当に、なんのためにあんな選挙活動をしたのかねえ。

――学会の選挙活動というと、投票日当日の連れ出し体制が有名ですね。これは明白な選挙違反ですけど。

鈴木 選挙違反だなんて考えたこともありませんでした。

山口 投票日当日の連れ出し体制は、だいたい1週間前にリハーサルをやるんです。同行送迎というやつですよ。

鈴木 そうそう、同行送迎。

山口 同行、送迎、連れ出し、確認です。

鈴木 そう、連れ出す有権者の名前をノ一トに全部書き出して、それで誰がどの人を投票所に連れ出すか。

――実際、どのようにして連れ出すのですか。

鈴木 私の場合は、朝方、迎えに行くんです。

――歩いて行くんですか。

鈴木 歩いて行きますが、ご年輩の人なら、「そこに車が待ってますから」と。それで、一緒に投票所まで行<のですがその間、候補者の名前を何度も言って、入れてね、入れてねと念を押します。投票所から出て来たときも、「入れてくれた?」と、確認する。

山口 票を入れてくれた人は、学会の拠点に連れて行ってオニギリ、ミソ汁、ゆで卵をごちそうする(笑い)。全員ではないですけどね。

鈴木 そうやって1人の有権者が終わると、すぐまた次の人の自宅を訪ねて連れ出します。ただ当日、午前中は10時と12時、午後は3時、4時、6時の時間に、誰を何人連れ出したか拠点に報告するんです。その拠点から本部に連絡される。

山口 この連れ出しにも内連、外連といって、内部連れ出しもあるんです。名前は学会員でも、普段会合に出て来ない人は選挙にも行きませんからね。

鈴木 また、学会員でも公明党に入れるかどうか危ない人は、区役所に連れて行って不在者投票をやらせちゃうんです。

細谷 学会組織なら不在者投票はどこでもやってる。病院の入院患者まで狙いますよ。

鈴木 私は共産党系の病院でそれをやりました。入院患者に、不在者投票日を聞きだして、当日、「誰それさんにお願いよ」と頼むの。

広島県議選でまた逮捕された「創価学会員」の投票干渉
http://soejima.to/boards/past.cgi?room=sirogane&mode=find&word=%B9%AD%C5%E7%B8%A9%B5%C4%C1%AA%A4%C7%A4%DE%A4%BF%C2%E1%CA%E1%A4%B5%A4%EC%A4%BF%A1%D6%C1%CF%B2%C1%B3%D8%B2%F1%B0%F7%A1%D7%A4%CE%C5%EA%C9%BC%B4%B3%BE%C4&cond=AND&view=5

――壮絶な選挙戦ですね。

鈴木 選挙になるとF取りで最低でも百軒ぐらい訪ねます。1軒当たり、手土産代2千円としても大変な出費なんですよ。果物、お茶、せんべい、クッキー類。電語代だって普段の3倍から5倍ぐらいかかりますよ。

細谷 また選挙中は、ポストを見て歩いて、他党候補の法定ビラの抜き取り、さらに公衆電語から他党候補の選挙事務所に電語をかけ、ちょっと話して受話器を置く際に、マッチの棒を間に挟んで通話状態にする。つまり、電話を使えなくしちゃうんです。また、戸別訪問にしても、実に巧妙に指導するんです。

桑原 有権者宅を訪問して、なにか問題が起こったら、選挙活動ではなく、“信仰の話に来た”と言え、と。

――選挙が終わると?

山口 投票日の夜、とくに連れ出し体制の表などはすべて焼却し証拠隠滅を図るんです。上からの指示で、一切の資料を燃やせ、と。

――皆さんは生活を犠牲にしてまで20年、30年と長い間、公明党支援の選挙活動を行なってきた。しかしその公明党もいまや解体。現在の心境は。

鈴木 たったひと言。なんのための公明党支援だったのか悔やまれてなりません。はらわたが煮えくり返ります。

山口 無駄な時間、無駄な金を便ったが、もはや物理的なことは考えてもしかたがない。池田大作の名誉欲達成のために、大変な資産と人生の半分を費やしたのは腹だたしいが、残された人生を一生懸命に生きてみたい。

細谷 信仰には政治権力は必要ない。なぜ私がこんなものにダマされてしまったのか(笑い)。

後呂 私の人生に反省を残したように、池田を信じていては人生がダメになります。学会員も、信仰の原点に帰ってはどうか。

桑原 政治権力を握って天下を取るといった姿勢は、もはや信仰者ではない。信仰を利用した魔物です。

(貼り付け終了)


[1746] 私たちはこうして替え玉投票を強制された1 投稿者:ロシアチョコレート 投稿日:2003/08/16(Sat) 02:15:17

『諸君』1981年8月号のP140から貼り付け

(貼り付け開始)

元・創価学会員12人の告白
私たちはこうして替え玉投票を強制された

溝口 敦(ルポライター)

逮捕されて上部指示者の名を秘匿し切った者には“法難費”のメダルが贈られる。いま名乗り出て、初めて明かす集団替玉投票の実態!

自分が過去に行なった犯罪を告白し、住所、姓名ばかりか顔写真まで公表する。恥かしく、つらいことにちがいない。それも過去の信仰生活を誤っていたと否定し、今では思い出すのも嫌な人にとってはなおさらであろう。

彼らをして告白に踏み切らせたものは、旧態依然たる創価学会の体質を改めたいとの熱意である。

彼らは劣悪な会員だったから替玉投票などの不正で違法な選挙闘争に走ったのではない。むしろ逆に、会活動に熱心で会員間の信頼もあつく、替玉をするに耐えられるほどの資質を持つと判断されたからこそ、法を犯したのである。したがって彼らは自分の犯罪を告白することで創価学会への批判にかえる資格と権利を持つ。

ほんの少し前まで、彼ら自身が最も良質な創価学会員とされていたから、過去と、行なった悪を語ることが、現在の創価学会全体の悪を告発することに通じる。創価学会は依然として彼ら1人1人に責任を押しつけ、不正を認めることも、誤った指導を改めることも、なに1つ行なってもいないし、行なおうともしていない。

今、自分の体験をもって創価学会を批判する人々がふえている。彼らの何人かにインタビュー取材し、また手記を寄せていただいた。彼ら1人1人が小さく質素な山埼正友である。

山口軍太郎さん、昭和17年生まれ。現在は大阪市西成区長橋に住み、皮ジャンパーの縫製工場に勤めているが、替玉投票当時は福岡県大牟田市で洋服仕立屋の見習いをしていた。創価学会への入会は昭和36年、19歳のとき。

2年後、38年4月30日投票の統一地方選後半戦(市町村議選と東京特別区議選)で替玉投票するハメになる。前年の参院選で初めて選挙権を得て投票したばかりの21歳、名ばかりの男予部分隊長をしていたが、痩せて世間知らずの青年だったという。

――誰に投票しようとしたんです?

山口 松藤辰之助いうのが創価学会の三池支部長でしたけど、それが大牟田市議選に出た。彼です。新人候補でしたから何がなんでも勝つ、手段選ばずでした。

松藤辰之助はこの選挙で1941票を集めて定数40人中の21位で当選している。当時は公明党の前身である公政連(公明政治連盟、昭和36年結成)の時代で、公政連からは松藤のほか木村真鹿、西山明人の2人が立って、いずれも当選。

――池田大作が会長に就いて3年後、急伸期にあり、どこの地域でも、それいけやれいけだったんでしょうね。

山口 そうかもしれません。ぼくみたいなベイペイにまで替玉させるというのは相当ひどい選挙だったんでしょう。

――誰に頼まれたんです?

山口 由径(ゆえ)正之というB長(プロック長)でした。当日になって、この投票券で投票してきてくれないか、いうんです。杉山さんいう左官屋が大B長(大ブロック長)でしたけど、その家が拠点になっていて、そこででしたね。古いことで記憶がハッキリしないけど、そのとき、捕まっても口を割るなぐらいの注意は与えられたと思います。

――投票所に行ったら?

山口 ええ、笹林小学校いうのが投票所でしたけど、そこへ行ったら受付の人が「生年月日は?」と聞きますねん。聞かれるとは思ってなかったもんで、何の用意もあらしまへん。「昭和17年」自分の生年月日いいました。係の人は「ちがう、昭和8年でしょ」いいますね。こっちはウプというかパカというか意地になって「昭和17年」いいはりました。そのうち警官が来てその場で逮捕ですわ。もうムチャクチャやった。由径さんがぼくに投票券の年齢合わしてくれているものとぱっかり思ってました。
 大牟田警察に2日間留置です。「誰に頼まれた」いわれても履初はウソばっかり答えて、警察は何度も調書の書き直しや。しまいには怒りだして、ぼくも由径さんの名出しました。由径さんに申訳ない思って泣いてしまったもんですわ。警察が由径さんを隣の部屋につれてきて、マジックミラーいうのですか、こっち側でみてまして「あ、あの人です」いうたら保釈になりました。雨の降っている日で長靴はいて帰ったこと覚えとります。
 帰ったら、ぼくが自白したからいうんで、会員からはシロメですわ。もうムチャクチャやられましてん。人間じゃないみたいに。由径さんの奥さんだけは黙って耐えられてます。余計申訳ないいう気持が先に立って、創価学会やめよういう気はさらさら起らしまへん。ぼくのほかに、金井さんという人と、もう1人捕まってます。

手抜きによる“鶴タブー”

当時の『西日本新聞』(昭和38年5月1日付)は事件をこう伝えている。
「大牟田で3人逮捕老女だまし替え玉投票
〔大牟田〕大牟田署は30日午後5時ごろ大牟田市中町工員猿渡清治(20)同市花園町商業山口軍太郎(20)同市新地町無職金井マス(57)の3人を公選法違反(詐欺投票)の現行犯で逮捕した。
調べによると、金井は同日午後3時ごろ同市旭町1丁目無職西島ナツさん(69)の入場券を使い同市笹林投票所で市長、市議選の投粟をしようとした疑い。
 同署は28日、西島さん方に市役所の吏員と白称する32歳ぐらいの男が訪れ『市役所の台帳と照らし合わせるから』といって西島さんと知人ふたりの入場券を借りて行くえをくらました事件があったところから捜査していたもので、金井の背後関係を追及している。なお猿渡と山口も他人名義の入場券で投票しようとした疑い」

ここには創価学会員による公選法違反事件だとの記述はない。逮捕直後としても聞きこみをすれば、山口さんなどが会員であることは分ったはずである。

創価学会では池田が会長についた4力月後の35年9月、渉外セクシヨンを復活して都議や市議を中心に渉外局を設置、「創価学会員による犯罪」との報道を極力おしつぷすべくマスコミ各社に圧力をかけ、当時早くも一部の地方紙や地方支局には自主規制の空気が生まれていた。取材に動けば会員であることが確認されても、書けばうるさい。手抜きによる一種の“鶴タプー”であり、後に引用する報道記事と併せ、その早い時期の一例となろう。

――保釈直後に竹入義勝が来たとか?

山口 そうです。確か金井さんの家やったいう気がしますが、そこに揃まった3人が呼ぱれていきました。竹入さんと大野潔が来ましてん。大野は法律的の仕事してるから、と紹介され、竹入さんからは「とにかく池田先生に政治大学まで出してもらった」と聞いたことだけはおぼえています。そのころは「大変でしたね」という激励の意味で来てくれた思うとりましたが、今思うと事件処理ですわ、防衛線をどこに引くとか。その後ほどなく坂田いう人が一切の資任を取るかたちで警察に出頭して、由径さんも出されてますから。
 いうまでもなく竹入義勝は現公明党委員長、当時は都議選に北区から出て初当選を決めたばかり、渉外局員をしていた。大野潔は、東京7区選出の衆院議員、当時、渉外局次長になるかならずかの時期であった(就任38年5月25日)。

山口 その年の秋まで2力月に一遍ぐらいやろか、検察庁や簡易裁判所に行った記憶があります。秋に判決が出て、公民権停止5年、執行猶予3年うたれました。その後、福岡の九州本部に呼ばれて、石田次男さんから今後のことで、ということで注意受けました。「池田先生から罰金の1万円は出していただきましたが、このことは内緒に」いう石田さんの言葉ははっきりおぼえてます。
石田は前会長の戸田城聖の時代には、次の会長と目されていた、池田のライパルだったが、昭和32年以来、九州の最高責任者として九州本部長をつとめていた。

山口 今思うとあれだけ幼稚だったか自分自身ゾーとしますわ。洋服屋いうのは5年の修行期間で、ちょうどデッチ時代を終ったころでしたけど、届づらくなってよその洋服屋に移ったりもしました。5年間、一切、投票も選挙運動も禁じられましてね、だけど要領よく選挙運動はその後もやってました。40年の参院選のときでしたか、九州の責任者になった和泉覚氏(現、副会長)からわざわざ私に「運動するな」いう注意が組織通じてきたりしましたからね。

「私は踊らされていた」

 山口さんは参院選を終えて40年8月に大阪に出、50年7月まで男子部総B長を勤めていた。当時の創価学会地域組織は総合ブロック(総合B)―総ブロック(総B)―大B―B(ブロック)の系列であり、1Bに5〜10世帯が所属、大Bは数Bからなり、山口さんはその上の総B長だから、およそ2、3百世帯を擁する町の学会組織の頂点に立つ幹部の1人だったといえる。教学面では教授補で、これも同程度に偉く、46年には公明党の地区委員、その後壮年部に移って54年4月まで大B長をしていた。

 彼が替玉投票にもかかわらず、その後、創価学会地方組織の優良な中堅幹部に育て上げられていたことは疑いようがない。

 山口さんは替玉投票に失敗して逮捕されたが、失敗はむしろ稀な例であり、圧倒的多数が替玉投票に成功している。投票所受付でチェックがあったとしても、せいぜい生年月日の碓認に限られているから(投票入場券を送付しない地域では住所の確認や、場合によっては身分を証明する書類の呈示を求めること
がある)、生年月日さえ記憶して、年格好がそれらしければ、たいてい成功してしまう。東京・江東区千田に住む源田宣充さん(35歳)も42年1月29日の衆院選で2票替玉投票することに成功している。当時は世田谷の羽根木に住み、世田谷第一総B大原大Bの男子部大B長をしていたが、壮年部総B長の松本健次郎の家で、松本か、その家族の誰かに替玉を指示され(松本は覚えがないと否定)、早朝2つの投票所で替玉し、夕方上着を替えただけで自分の分の投票もすました。

源田さんは、松本の家には投票券が10枚以上あり、それぞれの生年月日が分るようになっていたこと、当時の世田谷の選挙司令が青年部常任参謀・今井幸雄(のちに本部副理事長、本部組織センター部長)だったことなどを語った後、

源田 替玉投票には2票とも成功しましたけど、別にほめられなかった。それどころか近くで上野という大学(専修大)の先輩でもある大B長など2、3人が逮捕されたと聞いて、こっちにも捜査の手が伸びてくるのではないかと気が気でなかった。正直いって辛かったです。今考えると実に馬鹿々々しい、踊らされていました。

 と述懐している。

 また東京・新宿区戸山町に住む鳥居敦子さん(47歳)は昭和33年、24歳のとき、東京・中野で創価学会に入会。その1年後、34年6月2日投票の参院選で東京地方区から立った柏原ヤスに1票を替玉投票した。

鳥居 その1票は私も何度も食べにいったことのあるソパ屋の女店員さんのものでした。彼女はアパートに住んでいましたけど、その大家さんが学会員で、柏原ヤスに投票してくれとしつこく頼んだところ、「そんなにうるさくいうなら、かわりにいってきてよ」と投票入場券を渡してくれたものだったと思います。
 新井小学校の投票所で創分の投票をすませてから、彼女の投票所である丸山小学校にいって替玉しました。最初のことですから、手がプルプルふるえ、一瞬、こんなことをして将来どんな人間になっていくんだろうと思ってたことをおぼえてます。社会悪という意識はあまりなかったですね。
 以来、彼女は44年12月27七日投票の衆院選で東京4区から立った大久保直彦に4票を替玉投票したのを最後に、11年間にわたって13の選挙で合討30票以上を替玉投票したと語っている。

烏居 拠点には予供づれが何人もいますからね、「ちょっと借りますよ」とおんぶして変装がわりにしたり……。42年の衆院選のときにはその前後1年ちょっと、籍は東京に置いたままで北九州の姉の家に身を寄せていましたけど、このときは自分でも1回替玉したほか、2票を看護婦の会員さんにさせています。

創価学会の異常な土壌

 鳥居さんは46年1月まで女子部大B長、その後結婚して婦人部に移り、47年から公明党員、55年8月に退会した。個人折伏37世帯というつわものだが、44年35歳のとき、偏執的な男性会員に無断で入籍されたという経験を持つくらいなだけに、今でも若いころは美人だったろうとのおもかげを残す。

――風呂にまるで入らなかったと聞いていますが?

鳥居 いえ、全然入らなかったというんじゃなく、37年から46年まで10年間、ひと月に一度入浴したらいい方だったでしょうね。体が弱いものでお風呂に入ると疲れがどっと出て、翌る日起きられないんです。それにアパート住まいでしたから内風呂じゃないし、夜中の11時ごろ召集がかかったりしましたから、実際お風呂どころじゃなかったですよ。
 寝るのも着たまま。確かに「寝巻に着換えて寝るのも闘いよ」という女子部の指導もありましたけど、私は守れなかった。疲れて疲れて帰りつくと、そのままバタン。足も洗わずに寝たこと何度もありますね。女の兵隊さんです。

1日のうち21時間ぐらいは学会活動でした。女子部の結婚適齢期は31歳だという指導もあって、私が締婚したのは36歳のとき。その前、見合いの話を持ち込まれて断りきれず、7回もしましたけど、その度に相手の男性を減苦茶に折伏して鼻をへし折っては、せっかくの話をつぶしていました。


 幸い今の主人がもらってくれて、なんとか、すべりこみセーフでしたけど、主人が風呂に入らないとピックリしましてね。そのうえ立って物は食べるし、テレピを見る習横もないし、でしょう、女子部時代の生活が身にしみついちゃってるんです。主人が恐しい女房もらったと親戚中にいい歩いて危く離婚沙汰になるところでした。

 替玉投票は、会員に狂的な活動を強いる創価学会の異常な土壊に根ざしている。熱心で活動的な会員にとっては、違法を行なっても違法と実感することさえ難しい。


[1745] 私たちはこうして替え玉投票を強制された2 投稿者:ロシアチョコレート 投稿日:2003/08/16(Sat) 02:13:51

法難賞をもらった人

 大阪市淀川区に住むデザイナー・山下久重さん(45歳、仮名)は50年4月の統一地方選で替玉投票を2度している。仕事の関係で転居が多く、当時は籍を大阪に置いたままで兵庫県尼崎市に住んでいた。地域になじみが簿く、ブロックでの役職はなかったが、創価学会の芸術部主任。夫人も同じく芸術部主任で、副大B担(担当員の略で、男性の副大B長に相当する)をしていた。

山下夫人 地元には票も持ってないし、知り合いもいませんから、選挙の度に肩身がせまい思いをしました。そのうえ報告、報告で上に成果をあげなくてはならへんし。誰か票おまへんか歩いても、F活動(フレンドの頭文字、会員外の票の獲得)でけしまへん。
 そのうちHさんという鉄工所やってる会員さん。が「うちに勤めておった人の投票券やが、沖縄に帰られました。かわりに使ったら」いいましてん。「それはあかんのとちがいますか」一旦は断ったんですけど、Nさんいう大B担に聞いたら、「ほんなら、それ貰うてきてお宅の御主人が使われたら」いいますねん。それで主人に無理矢理頼んで不在者投票にいってもらったんです。
 4月13日投票の県議選には、尼崎市を地盤に公明党からは岡崎弘など3名が立候補していた。山下さんが投票したのは岡崎にだった。用紙を入手して二重投票をするなどがこれに該当するものと考えられる。投票管理者や立会人又は係員がこれらの詐偽の方法によって欺罔されたか否かは問うところではなく、本罪の成立にはなんら影響がないものと考えられる。また、選挙人が他の選挙人の氏名を詐称して投票した以上、投票管理者側が、その
情を知っていたと否とにかかわらず、本罪が成立する(昭35、12、2最高裁)。”中略”『投票をしようとした者』について判例は、いやしくも投票の目的で詐偽の方法を用いる行為に着手した以上、その詐偽行為自体が未完成に終った場合であると、第2段の投票行為に着手しそれが未完成に終った場合であるとを問わず、右の罪の成立があると解すべきであるとしている(昭28、8、17東京高裁)。したがって、実行に着手したが行為全体としては完成しなかった場合は、その行為者が『投票をしようとした者』に該当し本罪が成立するものである」
 これによれば、入場券の示す真実の選挙権者が会員であると非会員であると問わず、またその諒解を得ようと、盗んだものであろうと一律に詐偽投票となるし、さらに山に逃げこんだMも塚野さんも、前の成功例を除いても、立派に詐偽投票罪が成立することになる。
 なお判例では詐偽投票による票も1票と数えられて有効であり、一旦確定した当落に影響することはないという。1票を争う選挙もあるし、後に述べる大量替玉投票の事例もあり、きわめて奇怪な判例というべきだろう。替玉投票はある場合には、公明党の票を不当にふやすばかりか、他党の票を不当に減らし、見かけの2倍に作用するのである。
 替玉の教唆については公選法の直接の規定はないが、ケースによって買収及び利害誘導罪(221条)、選挙の自由妨害罪(225条)などに該当する。これらの犯罪は刑事訴訟法250条によって、概して3年で時効完成になるという。
 また葉書きによる投票券は投票所への入場整理券という性質のものであり、選挙に必須ではない。現に横浜市のように発行、送付していない選管もあり、各地の選管の自由に任されているという。そのため投票入場券の抜き取りは公選法に規定がなく、刑法上の窃盗罪(225条他人ノ財物ヲ窃取シタル者ハ窃盗ノ罪ト為シ10年以下ノ懲役二処ス)が適用される。
 だが、入場券が投票券と受けとられているのは一面の事実であり、その抜き取りは替玉投票と同じく国民の固有の権利を踏みにじるものだろう。憲法法15条第1項には、「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である」と記されている。創価学会=公明党はたとえどのような政敵を相手とした場合にも守らなくてはならない共通の土俵を、独善的につきくずしているといわねばなるまい。

二つ返事で引き受けた

 再び元会員の告白に戻ろう。
替玉投票したのは日本国籍を持つものばかりではなかった。
 東京・江戸川区松島に住む小林律子さんは大正12年函館で生まれた純然たる日本人だが、22年戦後の混乱時に東京で台湾人と緒婚、台湾に移り住んで台湾国籍となった。36年、38歳のとき台湾で創価学会に入会。夫となった人が酒乱だったため、その苦しみから逃れるための入信だったという。
 39年夫とともに日本に来たが、夫は観光ピザのため40年退去命令が出て帰国、小林さんは特別ビザだったため延期が効いて日本に残った。同時に離婚したのである。
 母子家庭となって、日本政府は帰化を認めず、以来毎年更新の手続きをしては日本に住みつづけている。当然選挙権はない。
 替玉投票したのは43年7月7日投票の参院選に際して。東京の創価学会は地方区で阿部憲一、全国区で三木忠雄を推していた。当時小林さんの役職はB担であった。

小林 選挙権がないんで選挙の度に肩身のせまい思いをしていました。私は聖教新聞の配達をやってましたから、投票日の日も配達を終えてから拠点にいって、連れ出し(熱心でない会員や非会員を投票させる)などしていました。
 お昼ころだったと思います。M・Kという大B長が「どうだい、投票に行かないか。小林さんと同じ年頃の人の入場券があるんだ」といいます。肩身のせまい思いをしていたときですから、少しでもお役に立てればと思い、「いいですよ」二つ返事で引き受けました。
 地域の投票所は西小松川小学校なんですけど、そのときは葛飾区の上平井小学校の投票所に行きました。M・Kの運転する単車の後に乗って。
 1時ごろでした。暑い日だったことを覚えてます。投票所にはそれでも列ができていましたね。M・Kも替玉するので一緒に並んだんですけど、実はどきどきしていました。見つかったら大変だと思って。投票券に書く段になったら完全にふるえて、誰に投票していいか分らなくなってしまい、表を見上げてこ
れだ、これだと思い、書きましたけど、あやしげなもんですね。投票所を出てからホッとしましたけど、M・Kは平気な顔しています。手馴れた感じでしたね。
 M・Kが入場券をどうして手に入れたか、それは分りません。この後の選挙のときでしたけど、状差しに入れっ放しの入場券がもったいないので、青年部の大B長以上のクラスの人が抜きとっているという語を拠点でチラッと耳にしたことがあります。
 そのころです。鈴木善次郎(現、江戸川区選出都議)さんに「国籍がないんだから、あまりF活動しない方がいいですよ」といわれました。万一のことがあると、公明党に傷がつくという口振りでしたけど、私自身もしなくていいのかと正直なところ、ホッとしました。長い間、このことは忘れていたんです。最近になって、あーこれは大変なことしてしまったな、と思い、テレビ局に電話したりしましたけど、テレビ局の人は江戸川ても替玉したんですか、とびっくりしてましたね。
 この選挙で阿部憲一(東京地方区)は83万1893票を集めてトップ当選、三木忠雄(全国区)は82万952票、8位で当選を決めている。

「じゃ、私がいきましょう」

長谷川剛さん、昭和4年生まれ。東京・葛飾区堀切に住み、現在は建築会杜に勤め、夫人が美容院を経営している。昭和29年入信、替玉は38年4月の統一地方選のときで役職は班長、氷販売業をしていた。

長谷川 4月17日の都議選の朝でした。

山下 Nさんの御主人が大B長で、彼が運転する車で市役所いって不在者投票したわけです。別段Nさんから注意されることはなかった。ニセモノで行くんやったら、ニセモノの心得いうのありますからね。暗黙のうちに、生年月日、名前忘れんように、注意しとった。揃まるなんて、そこまで深刻に考えません。チェックいうたかて、簡単なものやからね。当時は勝つためにはこれしかない考えとったし、不正してるいう気もさらさらなかった。

 奥さんは以前、不在者投票に同行し、関係のない人は室外に出て下さいと言われて、意外と厳しい雰囲気と感じていたから、山下さんが帰ってくるまで題目をあげつづけだったという。

 岡崎弘は1万6747票を集めて定数10人中の5位で当選、このうち少なくも1票は山下さんの替玉投票の分である。他の2候補もそれぞれ上位で兵庫県議に当選している。

つづく4月27日は後半戦の市議選投票日である。このとき山下さんはIという学会員が出張で投票できないため、その奥さんと「夫婦みたいな顔して」つれだって投票してきた。入れたのは公明党候補の西中進に対してで、このとき公明党は定数52のところ12人の候補を立て、その全ての当選をかちとっている。

山下 成功したからって別に仲間から賞められやしません。あたりまえのことやったような感じやったからね。

 山下さんによれば、50年7月3日に大阪・天王寺の中大阪文化会館に会の“功労者”千5百人ほどを集めた会合があった際、「法難賞をもらった人」という呼びかけに5、6人が立ち上ったという。法難賞とは選挙違反で捕まっても「自分の意志でやった」といいはり、組織上部に累を及ばさなかった会員に与えられるメダルである。法難賞の会員は選挙運動中の会合で体験発表し、自分がどのように警察官をいなしたかなどについて、得々と弁じたてることもあったと語っている。

川下さん夫妻は教学面ではそろって教授補、折伏数は30世帯(夫)、9世帯(妻)と仲仲のものである。ちなみに現在の女子部長・町田洋子の折伏数は2世帯にすぎず、彼ら古くからの末端幹部や会員がいかに熱心な会員だったか、歴然としているといえよう。

仏法は国法より重い

塚野三二(さんじ)さん、昭和5年生まれ。現在は川崎市多摩区菅で大工をしている。入会は昭和35年、30歳のとき。43年7月の参院選に際して替玉投票のほか、投票入場券の抜きとりも行なっている。


塚野 当時は近くの推(せき)というところに住んででました。金子荘という18世帯くらいが入っているアパートで、住人の大部分は秩父生コンという近くの会社の運転手でしたね。投票目の二週間ほど前、会合でNという総B長が「引っ越した人にも投票券が配られている。共産党に利用されると困るから集めておきましょう」というんです。当時、私はブロック長でした。
 で、帰ってすぐ自分のアパートの投票券を集めました。階段の上がり口の郵便受けに入れっぱなしで、誰が引っ越したかも分ってますから簡単なもんです。運転手で出入りが激しいもんで、6世帯8名分ぐらいをすぐ集めましたね。
 Tという大B長の家に持っていったんですけど、他の人のも併せ20枚ほど集まりましたか。総B長は気のきく人でも、頭の切れる人でもありませんからね。今考えると、上からの指令があって集めさせたんでしょうね。
 集めた投票券で替玉することになりました。仏法は国法より重い、王仏冥合だから多少国法を犯しても罪は消えると、そういう指導があったわけですね。
 当日の朝早く自分の投票所でもある稲田小学校に行って替玉分をすませました。いえ、自分が集めた投票券でなく、他の会員が持ってきた券でしたね。生年月日などは前もっておぼえていません。分らんし、神奈川ではおそらく初めての頃でしょうから、呑気なもんですよ。スンナリ通りました。
 その後2キロほど離れた高津小学枚の投票所に車でいきました。混んでいましたね、列ができていた。受付の人がタテに並んで下さいというのを、私だけは横向きに並んで、受付の人がチェックの度に台帳をパラパラめくるのを見ていました。私が持っていた投票券は高津の組織から回ってきたものです。
 2人ぐらい前まで順番が回ってきたとき、私の投票券の名前が見えましたけど、それには赤鉛筆で投票ずみの印がしてあるんです。その人は投票券が来ていないと受付に文句をいって投票したんでしょうね。
 これはヤバイと思って列を離れたら、受付の後に立っていた男の人が「もしもしどこへ行くんです」というんです。「いや、ちょっとトイレに行ってくるから」「すぐすみますから、投粟してから行って下さい。今まで我慢したんでしよう。女の人な。らともかく、すぐ終りますから」「なに、トイレ行ってゆっくりやりますよ」
 捕まったら大変という頭ありますからね、抜け出したときはなんともいえない気持でした。

詐偽投票でも1票は1票

同じB長仲間でAとMというのも替玉やりましたけどね、Mも朝は成功しましたけど午後はバレてしまって、やにわに逃げ出したんです。係員に追っかけられて、近くの長尾という山に逃げこんで、平(たいら)というところから出てきたいってましたよ。Mの前にはAがいて、それは通りましたから、自分も通るものと思いこんでヒョイと投票券出したら、投票ずみでしょう。ちょっと特って下さいといわれて逃げ出したそうです。Aも替玉はすましたんでしょうけど、まっさおな顔して拠点に帰ってきましたものね。
 替玉投票は法律上、詐偽投票になる。公職選挙法の第237条に「〜挙人でない者が投票をしたときは、1年以下の禁鋼又は10万円以下の罰金に処する。∋疚召鮑松里靴修梁昇承兇諒法をもって投票し又は投票しようとした者は、2年以下の禁錮又は10万円以下の罰金に処する」とある。
 具体的にはどういうことか解説書をひもといてみよう。大林・土居共著『逐条解説公職選挙法』は詐偽投票罪についてこう記している。
「本罪は氏名を詐称する等詐偽の方法をもって投票し又は投票しようとしたときに成立する。『氏名を許称しその他詐偽の方法をもって投粟する』とは、氏名を詐称したりその他関係者を詐瞞するなどの詐偽の方法をもって投票することをいうのであって、氏名を詐称するというのは例示であり、いやしくも詐偽の方法をもって投票すれば本罪が成立するものと解すべきであるから、他人の名を偽って入場して投票をなし、あるいは不法に投票地区部長が来て、よそから抜いてきた入場券を見せ「自分がいってもいいんだけど、捕まると役職の手前まずいな」というんです。
「じゃ、私がいきましょう」と入場券をもらい、近くの南綾瀬小学校に行って替玉投票に成功しました。
 2回目はそれから10日ほどたった(4月30日)区議選のときで、前と同じ人の入場券をもって気軽に出かけたわけです。入場券を受付の人に渡したら「ちょっとお待ち下さい」といわれ、おかしいなど思っているうち、刑事が来て、パトカーで本田警察署に連れていかれました。たぶん1回目の選挙のとき、入場券の本人が後から来て、投票されているのを知って訴えたのでしょう。それで当日は警察があらかじめ待機していたんだろうと思いますね。
 警察ではきびしく「誰に頼まれた」と責められましたが、ガンとして口を割らず、自分の意志でやった、といいはりました。
 当時の『読売新聞』(38年5月1日付夕刊)の都民版に次の記事がある。
「他人の入場券で投票――品川などで4人つかまる警視庁統一地方選挙取締本部は30日、詐欺投票現行犯で4人を逮捕した。品川区小山町4の165プレス業浜田辰雄(27)同工員(19)豊島区西巣鴨3の935パーテン松井宏(23)葛飾区堀切2の49氷販売業長谷川邸(たかし、溝口注「剛」の誤り)(23)でそれぞれの区の投票所で、他人の入場券を使って投票しようとして選管委貴に発見されたもの」

竹入義勝からメダル授与

冒頭に登場の山口軍太邸さんが大牟田市で捕まったのと同じ選挙(38年統一地方選後半戦)であり、当時の新聞報道によれば、他にも藤沢市で3人、久留米市で5人がそれぞれ替玉投粟で逮捕されている。記事中に創価学会員であるとの記述はないが、おそらく過半が会員の犯罪と推定され、早くから全国的に広範に行なわれていたことが知られる。

長谷川 こういうときこそ信心の強盛さが発揮できる、そう思いまして誰の名前も出しませんでした。そのため署長勾留2日、検事勾留10日の合計12日間泊められていました。

長谷川夫人 主人が捕まってすぐ地区部長がとんで来、今の都議選では定年制で立ってない西方国治さんが来て、一緒に警察にいき、大目にみてほしいと頼んでくれました。現在、公明党の区議をしている坂巻一多加さんなども差入れしてくれた。学会で弁護士もつけてくれたんです。

長谷川 最後の日に東京地裁で略式裁判を受け、2〜3万円の罰金と公民権停止5年の判決をいいわたされましたが、学会の弁護士がその場で罰金を払いました。
 逮捕された翌年、39年の元旦に東京第3本部の新年幹部会が田端会館で開かれ、班長にすぎない私も特別によばれて、副本部長をやっていた竹入義勝氏からメダルを授与されました。口を割らなかったことの功績に対してですよ。
 桐の箱に入った銀メダルで、表面は鶴丸と富士の浮彫り、裏面に大客殿建立記念、恩師(二代会長・戸田城聖を指す)7回忌法要と刻まれ、桐箱には「贈 創価学会会長 池田大作」と記されている。

長谷川 帰ってきたら凱旋将軍のようで、仲間は「これは法難賞だよ」と口々にいってはうらやましがってました。
 口を割った山口軍太郎さんは会員から白眼視され、割らなかった長谷川剛さんは“法難賞”まで授与される、両者はあざやかな対照をなし、創価学会の替玉投票への真意がどのあたりにあったか察知させて十分である。


[1744] 私たちはこうして替え玉投票を強制された2 投稿者:ロシアチョコレート 投稿日:2003/08/16(Sat) 02:08:33

法難賞をもらった人

 大阪市淀川区に住むデザイナー・山下久重さん(45歳、仮名)は50年4月の統一地方選で替玉投票を2度している。仕事の関係で転居が多く、当時は籍を大阪に置いたままで兵庫県尼崎市に住んでいた。地域になじみが簿く、ブロックでの役職はなかったが、創価学会の芸術部主任。夫人も同じく芸術部主任で、副大B担(担当員の略で、男性の副大B長に相当する)をしていた。

山下夫人 地元には票も持ってないし、知り合いもいませんから、選挙の度に肩身がせまい思いをしました。そのうえ報告、報告で上に成果をあげなくてはならへんし。誰か票おまへんか歩いても、F活動(フレンドの頭文字、会員外の票の獲得)でけしまへん。
 そのうちHさんという鉄工所やってる会員さん。が「うちに勤めておった人の投票券やが、沖縄に帰られました。かわりに使ったら」いいましてん。「それはあかんのとちがいますか」一旦は断ったんですけど、Nさんいう大B担に聞いたら、「ほんなら、それ貰うてきてお宅の御主人が使われたら」いいますねん。それで主人に無理矢理頼んで不在者投票にいってもらったんです。
 4月13日投票の県議選には、尼崎市を地盤に公明党からは岡崎弘など3名が立候補していた。山下さんが投票したのは岡崎にだった。用紙を入手して二重投票をするなどがこれに該当するものと考えられる。投票管理者や立会人又は係員がこれらの詐偽の方法によって欺罔されたか否かは問うところではなく、本罪の成立にはなんら影響がないものと考えられる。また、選挙人が他の選挙人の氏名を詐称して投票した以上、投票管理者側が、その
情を知っていたと否とにかかわらず、本罪が成立する(昭35、12、2最高裁)。”中略”『投票をしようとした者』について判例は、いやしくも投票の目的で詐偽の方法を用いる行為に着手した以上、その詐偽行為自体が未完成に終った場合であると、第2段の投票行為に着手しそれが未完成に終った場合であるとを問わず、右の罪の成立があると解すべきであるとしている(昭28、8、17東京高裁)。したがって、実行に着手したが行為全体としては完成しなかった場合は、その行為者が『投票をしようとした者』に該当し本罪が成立するものである」
 これによれば、入場券の示す真実の選挙権者が会員であると非会員であると問わず、またその諒解を得ようと、盗んだものであろうと一律に詐偽投票となるし、さらに山に逃げこんだMも塚野さんも、前の成功例を除いても、立派に詐偽投票罪が成立することになる。
 なお判例では詐偽投票による票も1票と数えられて有効であり、一旦確定した当落に影響%


[1743] 私たちはこうして替え玉投票を強制された3 投稿者:ロシアチョコレート 投稿日:2003/08/16(Sat) 02:04:38

選挙は広宣流布のため

村山繁さん、名古星市南区元塩町で旋盤の工場に勤めている。昭和18年生まれ、両親の勧めで、34年16歳で創価学会に入会。替玉投票への参加は、山口軍太郎さんや長谷川さんと同じく38年4月の統一地方選のとき。名古屋は5大市の1つだから、市議選ではあっても、投票は前半の4月17日に行なわれた。村山さんは誕生日前で19歳、投票権のない未成年による替玉だった。

村山 投票日当日、早朝から拠点にいって勤行唱題しましたね。それから朝めしの後、電話番の任務についたんです。3時か4時ころまでやりましたかね。地区部長か班長、いずれかであるのは確かです。私のそばへ来て入場券を見せ「どうしても投票に行けない会員がいるんだ。お前なら20歳すぎに見えるからちょうどいい。行って投票してきて<れ」というわけです。
 不正であるってことは知ってましたけど、選挙も広宣流布のためと教えられていたんですね。自分でお役に立てることなら、と一も二もなく喜んで引き受けてしまったわけです。「まちがっても自分の生年月日だけはいうなよ」という注意を受けて、生年月日を頭に叩きこんでから南光中学校の投票所にいって何くわぬ顔して公政連の候補に投票してきました。拠点に帰って報告すると、「そうか、何もなかったか」ぐらいのことはいわれたでしょうが、ほめられたっていう記憶はありませんね。
 村山さんが投票したのは津川康郎に対してだったと推測される。津川はこの選挙で8313票、トップで当選している。

 ここで末端組織における一般的な創価学会の選挙運動の仕組みについて説明しておこう。

 投票日3カ月ほど前、創価学会の体制は選挙向けに切りかえられる。指導の月と銘打ち、末端幹部は信心指導の名で会員家庭に入りこみ、選挙への準備をさせる。また「連絡カード」を会員に手渡し、国政選挙なら、知っているかぎりの親類、知人、友人の住所や年齢を書き込ませ、提出させる。末端幹部はそれを県外、県内、市内に分類し、地方支部に連絡、提出する。

 このとき同時に公明党の党員会は解散し、以後、選挙終了時まで党員の集りはなくなる。創価学会の組織に一本化して選挙を闘うわけだが、選挙をまぢかに臨んで解散する党とは何なのだろうか。政教一体というのも愚かしいほどに、いまだに創価学会そのものの選挙である。党員でもない創価学会の支部長、婦人部長が地域グループ長に、男女青年部長がグループ長に、それぞれ名をかえ、創価学会の組織をそのまま使って選挙戦に突入するのである。

 幹部は会員をA,B,C(場合によってはDまで)に分類する。Aは非会員(Fと略称)に投票依頼をした会員、Bは本人だけは公明党に投票する会員、Cは投票するかしないかも分らないような不活発な会員、である。幹部は会員の家庭を訪ねては、CをBに、BをAにまで活性化する指導を行なう。一方、Aは会員外に働きかけを強め、フレンドづくり(F)に励む。

 Fも熱心度に応じて○F(マルエフ)、F(ときにF確も)と分類される。○Fは本人が公明党に投票するほか、さらに自分の知人、友人にまで投粟依頼してくれる人、F確は確実に公明党に投票する人、Fはともかく公明党に入れるといっている人、である。

 投票目の1カ月ほど前になると、4者(壮年部、婦人部、男子部、女子部を指す)がたいてい別個に「大結集」する。会員百パーセントの結集が目指され、大会場を埋め、熱気にさらして会員の志気を高めるのである。ときに山本リンダや沢たまき、研ナオコなどの会員芸能人をアトラクションに招くこともある。

終了後は書類を焼却せよ

 その地域に選挙がないとき、あるいは選挙があっても公明党候補が立たないときには、投票目前の日曜祭日ごとに、選挙のある地域に出向いて、そこでの親戚や友人を訪ねては公明党に投票してくれるよう依頼して歩く。千円ぐらいの手みやげをそれぞれに持っていくよう勧められるが、もちろん手みやげ代は自弁である。親戚、知人のない人は街頭で公明党をよろしく、と声をかける。

 告示前後になると地域の会館で出陣式があり、多数会負が見守る壇上にタスキがけの公明党候補が現れ、「どうか池田先生に勝利の報告をさせて下さい」と絶叫する。ときに彼らは感きわまって壇を降り、候補夫人ともども通路を土下座して歩く。「皆さんだけが頼りです。どうか勝利の報告を池田先生にできるよう……」というわけである。こういう選挙では公明党に党としての自立があり得ないのも、当然であろう。

 投票1週間ほど前に、タコ足連れ出し表を作成する。何時に誰が誰を投票に連れ出し、老人や病人への車の手配は、といったことが一目瞭然に分る表である。また地域によっては運動に入ってすぐの段階で政治地図をも作成する。町内会の地図を使って支持政党ごとに異なる色で塗りつぶし、白地部分をマンツーマンで総当りする。場合によっては前回、前々回の投票チェック済み台帳のコピーを入手し(違法である。公選法52条「投票の秘密保持」に触れるばかりか、憲法15条4項「すべて選挙における投票の秘密は、これを侵してはならない」に直接抵触する)、浮動票くさい有権者を割り出し、そこに集中的に働きかけることもあるという(大阪市の事例)。

会員は投票日当日には連れ出しや投票の確認、上部への連絡、ときに替玉投票や投票の強要(投票所で並びあって記入し、連れ出した人が公明党候補の名を実際に書くか覗きこむ。書いていない場合には足でさり気なく押すなどして強要する)で多忙をきわめる。公明党候補の立っていない地域でも応援にかり出される。前夜から泊り込むか早朝に行くかすることになり、連れ出しや連絡、碓認などに動員されるため、自分の地域での選挙で(公明党以外の候補に)投票したくてもできないことになる。

また票ほしさに会員たちが、高く品物が悪い店でも日ごろから買物するようにつとめたり、総本山大石寺登山などの際、みやげを多数買いこみ、これと思う家々に配っていることは広く知られた事実である。

投票所閉鎖直後、一切の選挙関係書類を焼却するよう指令が出される。

替玉投票の証言に戻ろう。

 礒(いそ)悦子さんが替玉したのは42年1月29日の衆院選に際してである。公明党が初めて衆院に進出した選挙だった。同党は32選挙区で候補を立てたが、結果は25人当選にとどまり、一応「勝利」と称したものの、全員当選を目指していた創価学会=公明党には内実、衝撃を与えた選挙である。

 礒さんは川崎市多摩区菅(すげ)に住む主婦で、33年、38歳で創価学会に入会した。替玉時の役職はB担。同市は横須賀、鎌倉市などとともに神奈川2区をなし、公明党は松尾正吉を立てていた。

その場の雰囲気にのまれて

礒 総ブロックの拠点はFさんというB担のお宅でした。投票日当日、そこには大B長やB長など入れかわり立ちかわり出入りし、題目をあげたり、投票状況の報告をしたりでわきかえっていました。
 午前中、菅小学校の投票所に行って自分の投票をすましました。それから拠点に戻って報告したとき、総B長のNさん、大B長のHさんが私をものかげに呼ぶんです。「あなたこの券があるんだ、もう一度行ってくれないか、あなたと同年配の人だよ」といいます。
 私は国法に触れる、恐しいと思いましたけど、その場の雰囲気にのまれ、行くことを承知しました。投票所は行ってきたばかりの菅小学枚でした。でも服を替えるなどはしませんでしたね。替玉は私ばかりではなかったんです。
 Fさんは行ったら、すでに投票済みのチェックがしてあったそうです。まっさおな顔して帰ってきましたけど、よくまあ咎められずにすんだものだ、と声をのみました。ヒラ会員のOさんなどは帰ってきたとき、「もうライオンの檻に入ったようで恐しかったァ」と、やはり青い顔してました。私と同じで、無事に投票してきたようですけど。
 皆んな投票したのは菅小学枚でした。行ったのは別々です。Fさんの話を行く前に聞いていたら、怖気づいてとうてい替玉投票なんかできなかったと思います。信仰に結びついてますから、不正でも、勇気ふるい起して何とかやれますけど、捕まることが分っていてはねェ、こわいですよ。
 入場券は何日か前に組織で集めてあったんです。青年部の人が受持区域のアパートなんかから抜きとってきたものを各拠点におろしたと聞いてますよ。それで年齢も調べたんでしょ、年配に合う人にいかせたんです。
大々的な替玉でしたね、後できくと、他にももっといたそうです。

このとき松尾正吉は最下位当選者に2670票ほど及ばず、次点にとどまっている。替玉投票までした会員の努力も、水泡に帰したというべきなのだろうか。

投票入場券、十万通消える

 創価学会員の替玉投票といえば、43年7月7日投票の参院選に際する新宿替玉投票時件を逸することはできない。

 投票3日後、『毎日新聞』(7月10日タ刊)は「投票入場券、十万通消える大量の不正投票か世田谷など本人の手に届かず」と見出しにうたい、次の記事を掲げている。
「東京都内で参院選の投票入場券約十万枚が有権者のもとに着かず、どこかにまぎれ込んでいたことがわかり、問題になっている。7日の投票日に、他人の入場券で投票しようとした“替玉投票”が各投票所で相次いで発生しており、これら”行方不明入場券”で、2重投票されたケースはかなりの数に上るものとみられている。

 ……都内一の”マンモス票田”の世田谷区では当日有権者数53万1842人に対し、6月20日、入場券を郵送した。しかし、投票日の7日には区内73投票所に『入場券が届かない』という有権者の苦情が相次ぎ、約8干人の有権者にその場で入場券再交付を行なった。

 ところが、この8干人にはじめ郵送した投票入場券のうち約4干通が、同区選管にあて先人不明で送り返されてきた。あとの四千通は配達されたのが、配達後にポストから抜取られたのか、いずれにしても本人に届かずどこかにまぎれ込んだらしく、まったく不明。

 ……都全体では783万5598人の有権者中、本人の手に渡らなかったのは約十万通にのぼるとみられ、このうち相当数が”他人”の手で投票された疑いもあるという。=以下略=」

 この記事は替玉投票の多さに記者が着目、独自の嗅覚を働かせて都選管などを取材、まとめあげた、スクープ的な記事である。この時点で他紙に類似の記事はない。が、スクープはここまでで、あとは他紙と同様、警視庁発表をそのまま報じるだけであった。のちに創価学会最高幹部が告発した真相には迫れなかったのである。警視庁発表にも事件の全貌に迫る端緒はいくつかほのみえていたのだが。

捜査陣もトーンダウン

 たとえば7月9日付『朝日新聞』(東京版)は「替玉投票頼んだ男つかまる 死んだ人妻の入場券利用」として、
「警視庁参院選違反取締本部と巣鴨署は8日、豊島区南池袋4ノ14ノ5会社員辺見弘(27)を公選法違反(詐偽投票)の疑いで逮捕した。=以下略=」

 と報じているが、文中の会社員辺見弘は『公明新聞』記者なのであった。公明新聞記者から創価学会の組織的替玉投票を連想するのは決して不可能ではない。

 また『毎日新聞』(7月10日)の記事、
「替え玉投票で背後の2人逮捕
警視庁参院選違反取締本部は、世田谷第38投票所など都内の7投票所で明らかになった詐偽投票について各区選管の協カで捜査、うち2件は背後であやつるものがいたことを確認、9日、世田谷区代田5の30の3、会社員上野哲二(27)と豊島区東池袋5の43の12、会社員、小川紘子(27)を公選法違反(詐偽投票)の疑いで逮捕した。=以下略=」

 の上野哲二は男子部幹部、総B長で、前出の源田宣充さんがいう「専修大の先輩」であり、告発者によれば現在、公明党法規対策部の職員をしているという。創価学会のにおいはぷんぷんしており、他の替玉逮捕者もあわせてたどれば、創価学会一大犯罪の図が浮び上ったはずである。本文で告白していただいた源田さん、小林律子さん、塚野三二(さんじ)さん、鳥居敦子さんもこの43年参院選で替玉投票しており、いずれも捕まることなく、やりおおせているのである。

 逮捕者と、その背後の大量替玉投票者、これを当時の新聞がかぎつけ、足で歩いて報道してくれたら、と願うのは必ずしもないものねだりではないはずである。
 新聞は警察発表に寄りかかって、
「目立つ替玉投票参院選の違反集計890人を逮捕
……違反の特徴として警察庁は〜芦鵑錬牽疑佑慮ゝ鷦圓世辰榛承凝衂爾、今固は10日間ですでに60人(うち25人逮捕)にも達しており、半分は計画的犯行である。計画的なものは創価学会関係者で、すでに東京はじめ6都道県で摘発を進めている。=以下略=」(『朝日新閉』43年7月19日)
「違反も世相を反映 派手な文書・末端買収・詐偽投票 警視庁参院選取締まり終わる
 ……許偽投票で検挙された者36人のうち34人は、公明党候補を支持した創価学会員。もっとも一般的な手口はアパートの状差しなどから、郵送された他人の投票入場券を抜取り、その名義人と同年配の知人を使って投票させるもの。=以下略=」(『毎日新聞閉』43年8月1日)

 と、おしなべて表面的事実だけを伝え、後述する捜査陣の理不尽なトーンダウンと軌を一にしなければならなかった。

 東京の創価学会はこの選挙で全国区三木忠雄、地方区阿部憲一を推し、前年42年の衆院選、都区議選ではっきり出た頽勢を打ち破るべく会負に猛烈なムチを入れるばかりか、大量の替玉投票を組織化した。

 とりわけ顕著だったのは新宿区においてであり、「創価学会最高幹部7人の内部告発」(『週刊文春』55年9月4日号)によれば、大略次のように行なわれ、露顕し、防衛措置がとられた。


[1742] 私たちはこうして替え玉投票を強制された4 投稿者:ロシアチョコレート 投稿日:2003/08/16(Sat) 02:01:34

警察にハラを割って頼む

 替玉投票の指示は新宿区、港区の総司令であった八矢英世(現総務、蠢和せ秣緝)から発せられ、新宿区の男子部司令・松山久男(現総務)が直接の指揮をとった。八矢、松山らは公明党区議と謀議をこらし、郵便受けに放置されたままの入場券の抜取りを指示、総B拠点に集めたうえ、入場券者の生年月日は住民票の閲覧で確認し、投票は現行犯逮捕を防ぐため不在者投票で行なうことを決めた。

 のちに事件となった新宿第三総合プロック第九総プロックでは男子部総B長・宮本孝が替玉の指揮官、欧州第二本部フランクフルト部隊長・砂川昭夫が副将となり、のちの宮本顕治宅盗聴事件の主犯格の1人・北林芳典が「戸二読書会」の名目で住民票を閲覧した。ついで末端幹部から選抜して実行班を結成、
7月5、6の両日、選管で不在者投票した。新宿区全体で替玉投票は約6千票、東京都全体では約5万票にのぼったと推定されるという。

 だが不在者投票は申請書に記入するため捜査もしやすく、警察の追及は7月15日に大崎光彦など3人を逮捕して以来、未端から上部に及んでいった。大量替玉投票の全容を知られれば創価学会=公明党は壊滅的打撃をこうむる。そのため、ただちに北条浩(現、会長)と竹入義勝をキャップに、都議と沙外局幹部を中核とする対策本部を設置、モミ消し工作に着手した。

 彼らは事件の全容を把握したうえで、関係者を隠し、防衛線をどこに引くか想定し、大野潔がストーリーをつくった。が、警視庁の追及は急で当初のストーリーは修正に次ぐ修正を重ねて、ついには支離滅裂となり、竹入が池田にはかって(池田は「八矢と松山は守ってやってくれ」と激励した)警察にハラを割って頼みこみ、捜査は一段落をつげた。

 だが事件を警視庁から送られた検察庁は、背後に巨大な組織犯罪のにおいをかぎ山し、捜査は峻烈をきわめた。対策本部は防戦に必死になり、当時の参院法務委員長・和泉覚(現、副会長)に法務省刑事局長への圧力をかけさせたりしたが、相手にされなかったという。が、再び竹入の政治カで警察に検察庁への捜査協力を拒否させ、事件は終息に向かった。

 この間、口裏を合わせるサインにのり巻きが差入れられ、あげく、手ちがいが生じるといった失笑するエピソードも伝えられているが、ともかくその年10月11日、東京地裁で宮本孝、砂川昭夫に禁錮1年執行猶予4年など8人に判決が出て、事件は八矢英世にまで及ぶことがなく終った。

新宿大量替玉投票がほぼ内部告発どおりの構造をとっていたことは疑いをいれない。一例をあげるなら、53年4月ころマスコミに流出した「社長会記録」にも次の池田発言が記録されているからである。
「八矢君の今回の失敗は前回の区議選の時、正論を云っていられず、秋谷が失敗した。その戒を自分の戒としてやれば、こんなことはないし(43年9月11日の項)
「新宿の選挙違反事件等は絶対にいけない。八矢は、アブノーマルな点が、心配だから、絶対いけない」(47年2月4日の項)

 出版された「社長会記録」の著作権をめぐって創価学会(木村靖)は現在、晩聲社と松本勝弥の2者を相手どり裁判を進めているが、ことし3月16日の晩聲社裁判で、右に引いた記述につき、証人の八矢英世に対し反対尋問が加えられた。速記録によれば、八矢はこう答えている。
「これは私の担当していました1つの新宿区でございましたが、非常に悪質な選挙違反がありまして、私はその総括責任者として非常に、その監督がまずかったわけでございます。
 で、お前はそういうような非常に油断をしているところがあるというので、大変、度々(池田大作に)叱られました」

 八矢は、自分が指示したというのは間違いともいっているが、「社長会記録」の文脈では、「正論をいっていられず」その言葉を八矢も受けているのだから、八矢が指示したことは疑いようがない。

しらじらしい秋谷回答

「社長会記録」によれば、現在の副会長・秋谷栄之助も42年4月の区議選の際、替玉投票を指示しているようだが(事実、このとき1人で3票の替玉をした人物がい、証言もしている)、その秋谷は『聖教新聞』(55年6月26日)でこう答えている。
「たしかに、一部の人達が熱心さのあまり、他人の投票用紙を使用して投票するという事件が、過去にありました。……事件を起こした関係者8人は起訴され、東京地裁で昭和43年10月に有罪の判決が確定しています。関係者も深く反省しています。

 創価学会はこれまで、選挙の支援のたびごとに無事故、無違反を強調し、さまざまな機会を通して徹底してきました。過去において、こうしたことがあったのは、まことに残念ですが、だからといって、これが氷山の一角であるかのごとく喧伝するのは、大変な誤りです。まして、この件についても、一部にいわれているような“加担者6干人”などということは断じてありません。いわんや、本部が“替え玉投票”を指示するなど、とんでもないことです。

 それを、すでに12年も前に裁判が終わり、決着のついている問題を今になって、しかも選挙の最中にムシ返されるのは、まさにためにする。選挙妨害としか、言いようがありません」

 これが学会が『聖教』紙に公表した、現在までの唯一公式な替玉投票に対する回答である。すでに替玉投票につき見てきたものにとっては、秋谷回答はしらじらしく映るばかりだが、一応簡単に反論しておこう。

 まず「無違反を強調」「さまざまな機会を通して徹底」ということだが、どう徹底したのか。告発者のうち誰一人として替玉投票したがために退会させられたものはおろか、降格、譴責されたものもいない。わずかに刑を受けた山口軍太郎さんと、日本国籍のない小林律子さんが「あまり選挙運動するな」との注意を受けていたが、それとても彼らの再犯が創価学会=公明党に傷をつけるおそれがあるからではなかったのか。逆に長谷川剛さんは替玉をして「法難賞」をもらい、会員の鑑として立てられている。「徹底」しているのであれば、このような長期にわたって全国あらゆる地域で賛玉が行なわれるわけがない。

次に過去のことを「ムシ返す」とのことだが、替玉投票は過去のことではない。私たちは54年12月衆院選までの確実な証言を入手しているし、55年6月衆参ダプル選挙での替玉投票についても証言を得つつある。公表できないのは時効の完成前であり、証言者はともかくとして第三者に累を及ぼすにしのびないからである。

 また「本部が”替え玉投票”を指示するなど、とんでもない」とのことだが、これに対しては八矢氏ともども胸に手をあてて、といえば十分であろう。

 そのほか「関係者も深く反省」というが、のちの盗聴や謀略誌編集は反省するもののとる態度だったのか、「12年も前に……決着」というのも政治工作による決着であるに過ぎず、組織で上位にランクするものや他の総Bが法的、道義的になんの決着もつけずに逃れていることはきょう明らかにされている。

やはり幹部の命令

 創価学会は末瑞の幹部、会員が巧妙に立ちまわって露顕することなく選挙違反する分にはそれを奨励してきた。また会員にしたところで、選挙を法戦として把え、合理の世界ではあり得ない成果強要のムチをふるわれたから、替玉の直接の指示の有無を問わず、容易に替玉投票に行なっていた。替玉投票するに至る契機に
ヾ管瑤量仁
会員間の謀議
2餔の自発的意志、
の三様があるが、これら全ては会員の心意においては差異のない同根のものである。選挙に勝つことを至上の課題とする狂躁状態に追いこまれて、会員は最も確実に公明、党への一票となる替玉投票に走るのである。替玉は人を説得することもいらず、違法性に目をつぶって飛びおりることさえできれば、最も容易な選挙活動でもあるのだ。

 最後に52年7月10日投票の参院選で替玉した浦山彰夫さんの手記を掲げておこう。

 浦山さんは昭和12年生まれ、41年28歳のとき東大阪で創価学会に入会。49年転勤で現住所の愛知県半田市花園町に移転するまで男子部大B長をしていた。

半田市では半田本部成岩総B富士ヶ丘大Bに所属し、50年大B長候補にあがったが辞退し、大B長にW、大B担当員にSについてもらい、本人は補佐役に控えた。
「このような体勢で迎えた52年の大法戦でした。私は常勝関西で身につけた選挙経験をもって上部からの打ち出しに対し大Bの指揮をとった。

 告示前は公明党候補者の後援会員づくりと家庭指導、告示後はF闘争、内票(○S、会員の票)の碓認〈怪しげな会員には不在者投票させた〉。問題はこのような闘いの中で起きた」

 Mという婦人会員が入場券が送られてこないといっているという。すぐ公明党市会議員を通じて選管に調べてもらったところ、Mは移転してまもなくのため、入場券は旧住所地に送付されており、7、8キロ離れたその旧住所地で投票できることが判明した。が、Mの夫は信心が弱く、Mは夫が旧住所地ではなおのこと投票に行くまいと悩んでいるという。

「私は王仏冥合のこの大法戦にどのようなかたちででも参加させてあげることの大功徳を説き、必ずご主人が投票にいくよう御本尊様に真剣に唱題していけ、と指導するよう大B担にいいました。

 ABCの戦い、F、○F、○K(活動家会員)、ポスター、ビラの戦い、地図の塗りつぶし、連れ出し体勢の確立等々、激烈な闘争のうちに、投票日を迎えました。

 早朝6時に○K全員を大B拠点(W大B長宅)に集合させ、早朝勤行、連れ出し体勢の確認を行ない、未成年者は拠点で唱題、女子部に投票ずみの報告を取らせ、総Bとの間の伝令は男子部、たき出しは拠点に依頼した。そしてきょう1日最後の5分間まで、気をゆるめず、今まで投票依頼してきたFの人たちを全員投票させるように頑張ること、外確、内確(非会員、会員の投票の確認)、外連、内連(各、投票所への連れ出し)等の報告と、その時間帯等を徹底し、1票差で当落が決することもある。今日まで生きてありつるはこの戦いにあわんがためなり(日蓮の引用)と全員に危機感を訴え、きょう1日自宅に帰らず、拠点を中心に活動するよう激励した。

“命がけで”使命を全う

 私は車をフルに動かして投票所まで何度も通った。そして拠点に報告にきた人たちを激励し、連れ出し、確認の終った人たちには他の人たちの無事故を願って唱題させた。夕方5時ころ“あと1時間、最後の力を振りしぼって頑張ってくれ”との伝令が総Bから来た。

 これと前後して突然大B担のSさんが駈けこんできた。「浦山さん、困った。Mさんのご主人が遊びにいったまま、まだ帰ってこない。どうしたらいいでしょう」「奥さんはどうしたんだ」私は聞きました。「奥さんもご主人が帰ってくるのを待っていて、まだ投票にいってない」と大B担。

 私には大B担の表情から替玉投票の意志が読みとれた。「奥さんの信心は大丈夫か」

 大B担も私のいわんとするところを察した。「大丈夫です。奥さんもそういっております」

 私は決断した。「時間がない。俺の車ですぐ行こう」

 そして大B担の案内でMさんの自宅前に車をつけた。私は車の中にいた。大B担が車からおりてMさんをすぐ呼んできた。Mさんは後部座席に大B担と並んで座った。

 私はMさんと初めて言葉を交したが、この人なら大丈夫だと直感した。投票所に向かう車中で、ご主人の旧住所、氏名、生年月日を聞き、それを暗記した。また世間にあまり顔をしられていないことも確認した。

 投票所に着いたときには、もう終了まぎわで人影がなかった。

 私は大B担を車中に待機させ、Mさんと投票所に入った。全責任を私一人で負う覚悟だった。

 投票所に入るなり、Mさんが走るようにしてひとり受付の方に進んだ。私はとっさのことであっけにとられた。Mさんは係員に住所氏名を言って台帳を調べてもらい、横に立っている私に視線を向け、係員に、主人ですといった。私はすかさず会釈した。「やあどうも、お手数かけます」係員は「どうもどうもご苦労さんです、あちらでどうぞ」と、投票用紙をくれた。私は諸天の加護だと思った。

 投票をすませて会場の外に出、私は大B担にOKのサインを送った。大B担が必死に題目をあげていてくれたにちがいないと思ったからである。車内に帰ってきたMさんを大B担が抱きかかえるようにして喜んだ。命がけで使命を全うした3人の目には感涙が光っていた」

実に恐しい宗教

 手記は替玉投票をする会員の心情を写してリアルである。真に熱烈な会員は違法性を乗りこえ、恐怖をも克服して替玉投票し、なおかつ「公明党の選挙は王仏冥含の大法戦であり、仏法律に照らして我々のやったことは絶対に正しい」と確信するばかりか、「このような組織をつくり、このような素暗らしい闘いをさせて下さる池田先生におこたえできて本当にうれしい」と歓喜さえおぼえるのである。

 実に恐しい宗教である。浦山さんは54年に退会、現在は檀徒になっているが、「たとえ…罪に服してでも、過去、社会的、法的に許されぬ行為をしたからには自分の責任で告白するのは当然」と毅然として語っていた。悪を語るのも、悪を否定するのも確信に満ち、彼が末端紺織で十分なリーダーシップを発揮できたこともうなずけたし、宗教家らしい熱に、うたれたことも付言しておきたい。創価学会幹部たちは、彼ら告白者たちの生き方の誠実さの前に己を恥じるべきである。私たちの手元には、50年4月の市議選で自発的に替玉投票を決意し、幹部の容認を得て実行した大津市滋賀里に住む道明恵美子さんの証言、また38年4月の兵庫県議選、神戸市議選で替玉投票し、46年4月の同じ選挙で住民票の移動を行ない現在は加古川市尾上町に住む渡辺米子さんの証言、さらには北海道稚内市から熊本県布明町に及ぶ広範な地域からの多数の貴重な手記が集められている。「創価学会の社会的不正を糾す会」と『継命新聞』の好意によるものだが、残念ながら紙面の都合で採り上げることができなかった。インタビューにお応えいただいた方々と併せ、お礼申し述べる。(文中一部敬称略)

(貼り付け終了)


[1741] ぱかエッセイ続+2 投稿者:宗方塵(1730・人文) 投稿日:2003/08/15(Fri) 09:53:40

※ mind : the part of your brain that thinks and remember ; thought and intelligence
(Oxford Wordpower dictionary)

ミスター白金は、思考行動の内容もさることながら、そのエネルギーの流れのようなものも大切にしているように思われる。そのスーパー・フリーな良識とモウティヴェイションは計り知れない(何が「モチベーション」だ馬鹿どもめ! それやめろよ! 音声が自分自身の脳機の責任と直結していないのか! 少しは自分の耳と脳みそに責任を持てよ! いや、あ、失礼。何でもありません。いや、最近ときどき一瞬ヘンなのに取り憑かれるんですよ、いや、あははははははははh。ま、どうぞ、まず一杯)。

いきなり、唐突に言って、サヨク(やウヨク)というのは、政府や行政や企業の脳機の側だけの責任を問うことによって自分(達)の脳機の側の責任をゼロにし、かつゴネ徳を得ようという、土人本能的的な経済政治行為的なあり方であるという面がある。

それにつけても、ネット上のそこかしこにしばしば見られるような、悪意に基づく思考の平板さ、あるいは、思考の平板さに基づく悪意、それらの悪循環といったことは、パブリックなマインド空間と言うには余りに情けなさ過ぎる。
しかし・・・・一神教的パブリックを日本語言語空間に形成できるのか・・・・。もしくは一神教ぬきに、それを形成できるのか・・・・。
それは、小室社会科学を通して小室直樹的な近代国家神道天皇信仰をどこかで前提にする以外に、ないのか、他に何かありえるのか・・・・。・・・・小室学徒の一部の思考言説には、小室的天皇一神教信仰への無自覚の大前提的な依存が、つまり「学問」に隠れた信仰もしくは信仰者への信仰が、ありはしないのか・・・・。そこには本当に、この日本において自覚的に、宗教的責任を果たしうるものがあるのか・・・・。
副島系の思考の鋭さ・凄さと、その活動の不思議な不安定感・不穏感を考えると、そのあたりのことを思わざるを得ない・・・・。

私は日本は、この日本は、二重社会工学で人工的に作られている、のだと思える。戦後(占領後)の、おぞましいデモクラタゼイション・強制民主化だけでなくでもなく(それは同時代性の高いものだから少し分かりやすい)、明治傀儡政権のモダナイゼイション・強制近代化も、ウェスタナイゼイション・強制洋式化も、近代国家神道皇国化(エムパイアリゼイション・強制帝国化・強制臣民化? ナショナライゼイション・強制国民化?)も、一つのソシアル・エンジニアリン以外の何ものでもあるまい。もちろん戦後のデモクラタイゼイションのような大々的な短期間での強烈さはないかもしれないが。それは、また、自家侵出植民地化(セルフ・コロナイゼイション)ではないのか。その自家植民地化の拡大侵出が周辺諸国から反発されて当然の面があるんじゃないか。 ・・・・うっ、自分で脳にヒビが・・・・。


つまり、属国日本論史観を徹底すれば、小室社会学の小室的天皇信仰に支えられている面は、完全に自己責任に帰さざるをえない、ということだ。

そもそも私は、小室学問・社会学素人な上に、頭の一部はともかく、(シン)サヨクな体。戦前戦中的な天皇バンザイな体とは異質である。日本儒学的な天皇主義の深い起源については私の理解を越えている。先の私の指摘が単なる軽率なトンチンカンなチャチャ入れに過ぎなくても、それはそれで幸いなことである。

副島隆彦御大の『属国日本論を超えて』は『属国日本論』の補論編であり、今後待たれるところのものが、属国日本論史観の体系的な総論〜各論であり、後生は、更に、それを超えて、ということになろう。
現時点でも将来的にも、それをどう咀嚼しどう超えるのかというのは我々自身の事柄だ。
副島思考の直裁的なリアリティの洗礼を受けて初めて、見えるようなってくることは多い。


ま、属国論だとか言って、あまり自分たち自身の素朴な現実の地盤を掘り崩すと、荒さんでしまうんですけどね。その荒さみが、認識を発展深化させるための、一時的なものだといいんですが。属国論ってーのは、戦後(占後)アノミーついでに、どうせアノミーなんだから掘り崩せるだけ掘り崩しちまえ、ってなところなのかい、よう! 
 そりゃ、なんかおっかなくねーか。
んー・・・・。殺伐としがちではあるな。
 脳にヒビ、ってのも、よしあしだね。胃にアナ、とかも、やだね。
なかなかエレガントな暴きというのも難しそうだよな。


で、天皇陵古墳の本格的な学問的発掘調査は、いつから始まる予定なんですか? 
属国日本論史観の土台である古代史編のための不可欠な基本的情報になるはずのものだが。
これをやらなかったことがアメリカの日本占領統治の非常に大きな欠落ではないのか。
そもそも、ここが明治傀儡政権以来の、人造日本の、弱さ・無理・不自然な畏まり、等、の温床なのだ。本当に韓国朝鮮人や中国人に対して当たりまえ程度に自然に強くなりたいのか? なりたくないのか? この意味で、明治傀儡政権〜国民つまり大きく言えば現政権〜国民は、根底から解凍されねばならない。透徹した学問的な属国日本論史観は、必然的に渡部昇一・小林よしのり的な限界を解体(ノーマル化)せざるを得ない。天皇陵古墳の学問的発掘調査は、アブノーマルな愛国(ノーマル未満の愛国)ではなく、充分にノーマル(なマインド)の愛国の地点に到るには、必須のはずだ。
クリアーなノーマルな mind の愛国者は、何ということもなく、何の大袈裟なこともなしに、天皇陵古墳を発掘する。それで別に日本にとって危機的なことは何も起きないと思うよ、拍子抜けするほどに。ごく一部の人達を除いて。何もないから大袈裟に隠してるんだろうから。隠している人達やそれを支持している人達は、その大袈裟な緊張(畏まり)自体が大事だと思い込んでいるんじゃないのかな。

※ mind : the part of your brain that thinks and remember ; thought and intelligence (Oxford Wordpower dictionary)


それはともかく。TVをつけていたらMLBのマリナーズのイチローの世界水準の「レイザービーム」が来たーっ!(現地8月12日)。 身体運動競技のプロや各種芸術のプロは、その種目自体が世界性を持っているということはあるが、それにつけても、あの、スィアトル人民のイチローにたいする賞賛・信頼感というのは相当のものだと思う。日本でもイチローは今のMLBと同じ水準のプレイをしていたのに、多くの人々は、ただ機械的に太鼓やラッパを鳴らし、mind のぬけたエンドレステイプのように呪文のような応援歌を繰り返していただけなのだった。あれぞ日本帝国の悪い意味での末裔そのものではないのか。まあ、日本中・四六時中あんなもの珍しくもないが。反サヨク潮流に隠れたウヨク問題も相当に深いんだよ。両方あわせてウサヨクと言う。例えば、防災無線放送設備を安易に使って音波を流す役人やそれを求める人達はウサヨクである。それに対して「やめなさい」と裁判を起こした呉智英氏は実に正気ではないか。過剰福祉も救急車の濫用もサウヨクである。SMAPとかいう男のグループがベッドルーム声で歌う「それぞれの花がナントカ」とか言う、気色の悪いこと極まりない歌詞の流行歌は、サウヨクと言うよりはモロにサヨク的である。サヨク・ウヨク・サウヨクの跋扈の時代である。
頭も体も過保護の中に管理する+されることを糞「責任」と取り違える。一体、何を慌てて先を争って短絡・緊張し合っているのだ?


[1740] 使わなかった一行情報 投稿者:ロシアチョコレート 投稿日:2003/08/14(Thu) 23:21:48

WEB噂の真相から一部貼り付け

(貼り付け開始)

★2003年9月号 使わなかった一行情報

●プラモおたくの石破茂の女性秘書も筋金入りプラモおたくで意気投合説

モーニング娘。吉澤ひとみが舞台共演の男性ダンサーとメール熱愛の噂

●“社民党のヒロスエ”こと原陽子衆議院議員が官僚からもイジメられ涙説

●問題山積の拉致問題だが今度は平沢勝栄と曽我ひとみに不協和音の噂が

●アサ芸出身のネオコン議員米田建三が出入りの週刊誌記者とトラブル説

●霊友会ファミリーだったハズの貴乃花もみたままつり雪洞に「夢」と献灯

●小6少女監禁事件で自殺したYのロリコン顧客名簿に議員がいたとの説

●超タカ派民主党の前原誠司の妻はパソナ南部靖之の元秘書で昵懇との噂

日テレ土屋に左遷取材が殺到し電話にも出られないノイローゼ状態の噂

●社民党土井たか子批判の急先鋒の読売・日テレの背後に池田大作の説が

http://www.uwashin.com/2001/ngindex/ngindex.html

http://www.uwashin.com/

(貼り付け終了)


[1739] 靖国の存続と名称変更を勧告 GHQ内で研究報告 投稿者:ロシアチョコレート 投稿日:2003/08/14(Thu) 22:45:02

Yahooニュースから貼り付け

(貼り付け開始)

靖国の存続と名称変更を勧告 GHQ内で研究報告

 【ワシントン13日共同】1947年1月、当時の連合国軍総司令部(GHQ)の宗教専門家が靖国神社に関する研究報告などを作成し、同神社の存続と神社名を創設当時の「東京招魂社」に戻すことを勧告していたことが13日、分かった。報告などは米メリーランド州の国立公文書館で見つかった。

 報告などは、靖国神社の廃止で反占領軍感情が強まることなどを懸念。靖国神社を「軍国主義の象徴」とみて一部で廃止論もあった中で、存続を認めたGHQの最終的な判断にも影響を与えたとみられる。

 まとめたのは日本の宗教問題の第一人者とされたウィリアム・ウッダード氏。GHQ民間情報教育局(CIE)調査分析課に属し、宗教課のスタッフも務めた。
 同氏は同年1月、靖国問題に関して(1)部外秘扱いの書簡をバンス宗教課長に(2)初期的報告をハリス調査分析課次長(少佐)に−あてて出した。(共同通信)
[8月14日11時21分更新]

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20030814-00000045-kyodo-pol

追悼施設の調査費見送り 靖国に代わる戦没者慰霊

 政府は13日、小泉純一郎首相の靖国神社参拝に関連して、戦没者を追悼するために建設を検討している新しい国立の施設について2004年度予算案での調査費計上を見送る方針を固めた。

 追悼施設建設の是非をめぐる世論の動向を慎重に見極めたいという事情に加え、9月の自民党総裁選や秋にも想定される衆院解散・総選挙を控え、自民党内に反対論が根強い追悼施設の具体化は現時点では困難と判断した。政府は本年度まで調査費を計上していない。

 同施設については昨年12月末、福田康夫官房長官の私的懇談会「追悼・平和祈念のための記念碑等施設の在り方を考える懇談会」(今井敬座長)が「国を挙げて追悼・平和祈念を行うための国立の無宗教の恒久的施設が必要」との報告書を提出。小泉首相も建設に前向きな姿勢を示しているほか、公明党の支持団体・創価学会が、建設実現に向けて調査費を計上するよう求めてきた経緯がある。(共同通信)
[8月14日2時8分更新]

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20030814-00000009-kyodo-pol

(貼り付け終了)


[1738] 備忘録として 投稿者:ロシアチョコレート 投稿日:2003/08/14(Thu) 11:58:51

History: Role of The Emperor in Meiji Japan(歴史:明治天皇の役割)から一部貼り付け

RC:政教一致(皇室制度+神道による支配)の事もカルトと言うそうです。

(貼り付け開始)

The news media even kept the type of illness the emperor had a secret in deference to the Emperor. At his death after months of illness it was as if the Imperial Cult of the Meiji era had returned.

マスコミですら天皇の症状を公表しなかった事に天皇への配慮があった。崩御した後の数ヶ月間、あたかも明治時代の帝国に戻ったかのようであった。

http://www.cyberessays.com/History/25.htm

(貼り付け終了)

ヤフーのredsquare • Red Square - An open communist and socialist forumから貼り付け

(貼り付け開始)

That Opuit reads monarchist Japanese apologists in the original language will impress very few people, I think. In fact, my information on Hirohito's involvement in war crimes comes from historians in the US, England, The Netherlands ...

Do you know some people spell Hirohito as "Hirohitler"? THAT is an exaggeration, I admit.

君主制を擁護する日本人の謝罪を原語で読むとほとんど感銘を受ける人はいないと、私は思う。実際に、戦争犯罪に関する裕仁(天皇)の戦争関与の情報は、アメリカ、イギリス、オランダなどの歴史学者たちから得たものだ。

裕仁(天皇)を“ヒロヒットラー”と記されているのを知っていますか? そこまで書くのは、大げさだと認めざる得ない。

http://www.google.co.jp/search?q=cache:AS398QOFNfgJ:groups.yahoo.com/group/redsquare/message/6982%3Fsource%3D1+hirohitler&hl=ja&ie=UTF-8

(貼り付け終了)


[1737] ぱかエッセイ続+1 投稿者:宗方塵(1730・人文) 投稿日:2003/08/14(Thu) 11:39:43

日本人の英語、ということについて一つ作文したのだが、やってみて、あまりに自分の手に余るということが分かった。いわゆるジャパニーズ・イングリッシュについてと言うより、その思考内容、英語で誰に何を言えるのか・言い返せるのか、といったこと、つまりフランス人の英語みたいな日本人の英語、とでも言おうか。しかし、まるっきり力不足ゆえ無責任な作文になってしまう、そこで、その部分は一切を省略して、それに繋がって論じた、心身二元論・ポスト心身二元論について、の部分のみ提示します。


(前部省略:英語の頭を練るということについての話)

こうした局面においては、自分の脳機に責任を持たないことが処世術、では話にならないのである。ちなみに、日本の身体論(身心論やポスト身心論)の根本的欠陥は、その二元論に頭脳の責任が根本的に抜け落ちていることである(身心論はただでさえオカルト的やカルト的になりやすいのに)。それは本来は、身体・心情・頭脳の三元論であるべきはずであり、もし二元論を採るとすれば、いわゆる身と心(もしくは身体と精神?)の二元論ではなく、身心と頭脳の二元論であるべきなのだ。この場合の「精神」とは何なのか。単に「心」の言い替えなのか。精神は心+魂+頭脳だ、とでも言うのだろうか。意識? 意識とは何なのだ? それは只の身心の状態の表現だろう。もしくは心や精神とどう違うのだ? 全く頼りないこと甚だしい。

おまけ: 

(この部分には図が4つあったのだが、こちらに貼り付けても何故か形が崩れて上手くいかなかったので、見れば一目瞭然なのだが、残念ながらやむをえず文字だけで説明すると、

1a.(左上):brain (mind, eye-contact) が heart を内包している図。
1b.(右上):心(精神・念仏) が 頭(脳責)を内包している図。1a.と包含関係が逆。

2a.(左下):politics (civics) が administration を包含している図。
2b.(右下):行政(自治体・お上・条文・マニュアル) が 政治(市民) を包含している図。2a.と逆。

となる。)


1b.の、心、のところや、2b.の、行政、のところには、前例、だとか、慣行・慣習、などというのもある。もっと広げれば、空気・気・流れ・かたち・バランス・言霊・(悪い意味での)常識・(日本人的)人間関係・面子、だとか。現状にスライドして言えば、真性保守(民族自立)政治が巨大な無自覚的サヨク空気で包囲されている、といった言い方もできる。
むろん、仮にこれらの図示に正しい部分があるとしても、実際のところ、こんな紋切り型なものでも大雑把なものでもないだろうが(単純な図示だとソリッドな・ハードなイメイジになってしまうことは避けられないが)、一応、試しに、心に浮かんで頭で作図、してみました?! 
この右側と左側が無自覚に混乱している人は、私が、ダンブリンマンと認定いたします。認定第一号は貴方、では、残念ながら、ありません。この、私、宗方塵を、その、認定第一号と、いたします。 Then , it's good-bye !

え、日本という国自体がダンブリン・カントリー? 日本国民というもの自体がダンブリン国民だって? んー、それを言っちゃあ、お終いだろうに・・・・。え、「属国日本論」自体が「それを言っちゃあお終いよ」理論、だってか? それはそうかもなー。まあまあ、ぼつぼつそれを超えてということで、手打ちにしましょうや、がはははh。

Then , let me go on ,

ところで、とある英英辞典によると、

mind : the part of your brain that thinks and remember ; thought and intelligence 。

mentality : a type of mind or way of thinking (Oxford Wordpower dictionary)

、とある。

・・・・ mind にあたる語が日本語の中にないんじゃないか! 人脳とでも言うしかないのか。意思・考えでも、気持ち・心でも、一長一短で代用しきれないし、第一、簡便な自然な統合性がない。大パニーック!!! 

私は日本で、mind主権・主権在mind ・mind主主義・mind主制政体 等のスタンダード確立を絶望的に切望する。いや、しかし、日本は、反mind な、土俗宗教性を持っているのかもしれない。mind を前提にした必要充分な社会基盤の歴史性がない。さもなくば、素朴かつ自然な整合性のある立憲王制への道を探るしかない。「天皇(an emperer)」は、そもそもの間違い・勘違いなのだから「天王 (a king) 」に修正する。It is The Kongdom ofJapan (cf.The Kongdom of thailand , etc.). こういう言語的概念の基本的なところで、日本を、ノーマル未満の、別の星、のままにはしまい。


いわゆる身体論(ポスト身体論などというものも含める)よりも、日本人の知性基盤の整備には、実際の日常に即した、具体的な過不足ない立体的な時空間の体系的な意味論的な身体性の整理ほうが肝要(言い換えれば、素朴な日常的な認識の構造・機能の綿密さ、ということ)。余計なオカルト性は要らない。
mind 抜きの身体(身心・魂)論は、その弱点から言って必然的に(無自覚な)オカルトもしくは準オカルトである。人の mind ぬきの社会で「心の闇」だの「魂の大事さ」だの「心身相関」だの「クライアント主体のカウンセリング」だの言ったところで、はじめっからピント外れも糞甚だしいだろうに。はじめっから誰もいないのと同じだ。いや、はじめっから誰もいないほうが、はじめっから何もしないほうが、マシだ。


[1736] 仏議会が認めた創価学会の危険性1 投稿者:ロシアチョコレート 投稿日:2003/08/14(Thu) 02:02:06

『諸君』1996年5月号から貼り付け

(貼り付け開始)

仏議会が認めた創価学会の危険性

広岡裕児(ひろおか・ゆうじ) ジャーナリスト
1954年神奈川県生まれ。大阪外語大フランス語学科卒後、パリ第三大学に学ぶ。76年よりパリ在住。新宗教、経済問題から映像文化に至る幅広い分野で執筆を行う。

民主主義を逆手にとるカルト集団に対しては暴力団、麻薬取締り同様の強硬手段を講じろ

「魔女狩りを行おうとしたり『新宗教』と呼ばれているものを原則として断罪しようという考え方などとんでもない! だれでも自分が良いと思うことを信じるのは自由である。ただし、その隣人を害さないという唯一の条件のもとに。
我々の注意を引いたのはグループの儀式行事ではない、他人の自由と法律を尊重しないことなのだ」――。

2月8日、日本の衆識院にあたるフランス国民議会で「セクト理象の研究と必要な場合には現行法令の改正の提案案をする」調査委員会の委員長ジュスト議員は、報告書説明の冒頭にあたってこう断言した。この報告書とは、与野党あわせて30名の議員からなる同委員会が6か月間の調査、審議の末120ページあまりにまとめた『フランスのセクト』である。

セクト(本来オウム事件以来御馴染みになった「カルト」と同じくある教団の一派、異端、邪教といった意味だったが、現在ではマインド・コントロールをする危険な集団全体を指す)現象に対してフランスでは、日本よりもはるかに毅然とした態度をとっている。

「ヨーロッパには宗教の伝統があるから」とか「キリスト教という基準があるから」という声が聞こえてきそうだが、現実はまったく逆である。セクト問題は教義や儀式行事などの宗教上の問題ではないと認識しているからなのである。〈信徒が少数である事、風変わりである事等を、セクトと位置付ける基準には入れなかった。現在ある大宗教の多くも、その発足当時にはしばしば会員の少ないセクトにすぎなかったし、現在では社会で公認されている儀式も、その当時では反対されたり、留保されたりしたものだ〉と同委員会の報告書はいう。

日本では宗教法人法改正をめぐって、参考人として国会に招致された宗教団体の代表や学者の一郡は、宗教団体の活動に政府が枠をはめることになるとして反対意見を述べた。しかし戦後GHQ主導で制定された現行の宗教法人法はもともと教義や儀式行事に規制を加える同的のものではないのだから、会計の透閉化や政治との関わりといった「俗世間」との関係を見直すのが限度だ。今後第二次改正案が実行されたとしても、憲法に規定された信教の自由とのかねあいから、反社会的な破壊活動を密かに準備している団体があったとしても、予防的対策は取れないのが実情だろう。オウムは犯罪が明るみに出たからこそ破防法の適用が可能になったが、事前の段階では、修行だとかお布施などといっているので、これを取り締まろうとすると、形の上では、教義や儀式行事への弾圧、になってしまい、民主国家なればこそ強い対策は取れないのである。

今日セクトが、社会学者や宗教学者に自分達が宗教団体であると証明させようとするのは民主主義の大原則を隠れ蓑にするためである。報告書がいうように信教の自由、個人の尊重をふりかざしながら、〈セクトは現社会の進歩が多くの現代人を陥れた混乱に付け込み、あたかも現代人が求めている答をもたらしたかのような幻想を与える魅力のある見せ掛けの精神性を謳った言説で現代人を凌辱し、繁栄を謳歌している〉のである。

宗教の皮をかぶった有害団体

今回の報告書はこうした、ジレンマに出口を与えたといえよう。実は、このような国会報告書が出たのは、今回が初めてではなく、11年前にヴィヴィァン議員を中心とした報告書が出ている。だが、ちょうど、オウム事件前の日本のようなもので、統一教会などの事件は起こっていたもののまだ社会全体の危機感は薄かったため、全面的なコンセンサスを得るには至らなかった。

しかし、93年にアメリカのテキサス州ウェイコで集団自殺したブランチ・ダビディアンの事件、94年にスイスと力ナダで同じく集団自殺を遂げた太陽寺院の事件、そして95年のオウム真理教事件と立続けにセクトがマスコミを賑わした。とくにオウム真理教事件は決定的だった。どんなテロリストも実行したことのない無差別ガス攻撃がセクトによって敢行されたのだから。信者達個人の枠を越えてセクトの危険性は、祉会全体を脅かすようになったのである。

日本では宗教法人法改正を焦点とする参議院選挙たけなわだった昨年6月29日、国民議会は調査委員会の設置を満場一致で採択した。そして12月22日、172の団体を実名でリストアップした報告書が提出された。アルプスの麓で太陽寺院信者16人の死体が発見されたのはその翌日のことである。冒頭の発言のあった2月8日の本会議報告討論では、力トリックシンパから共産党まで全党が報缶書に賛同演説、政府も善処を約束した。

今同の報告書は、党派を越えたフランス政府のセク卜問題に取り組む姿勢の公式見解といっても良い。そのセクトに対する定義は極めて明確である。調査中に聴聞した人物の証言という形を借りて、次のように述べる。
〈『精神的な不安定化を狙った操作により、会員から無条件の忠誠、批判精神の低下、一般杜会の価値観(習慣的、科学的、市民的、教育的)との断絶を得ようとする集団であり、個人の自由、健康、教育、民主制度にとって危険をもたらす。この集団は、哲理や宗教の仮面を被り、その裏に権カ、支配力、信者の利用という目的を隠している』〉(太字原文のまま)

セクト問題とは宗教団体に関する問題ではなくて、宗教の皮をかぶった有害団体の一問題であることが見事に喝破されている。

犯罪的マインド・コントロール

実は、これまでフランスにおけるセクトについての対策は市民団体が担ってきた。1970年代に入って、統一教会やサイエントロジー、神の子供達(現・愛の家族)などに対して訴訟が続き、入信者の家族を中心に・宗教色のないCCMM〈マインド・コントロール対策資料教育活動センター)やADFI(家族と個人を守る会)などの被害者を守る会が設立された。

会のメンバーは無神論者から神父・修道女に至るまで幅広く、「キリスト教も魔女狩りなどセクト的行為をした」と公言し、また現在のロシアのようなロシア正教以外は邪教というような不寛容な立場とも一線を画している。

彼らはセクトは宗教問題ではないという主張を根気強く続けた。

これらの団体は、セクトと判断するのに被害の事実から出発する。つまり、家族など関係者から事件や心配事が通報され、確認され、問題グループの対応と実績を見てはじめてセクトと判定するのである。

判断材料として、教義は一切考慮しない。それこそイワシの頭を信じようが、UFOを信じようが、被害さえ及ぼさなければ良いのである。また、組織の大小も関係ない。その観点から出発して、セクトが起こす現象を深く調べてみると、すべてが1つの点に集約されることがわかった。マインド・コントロールである。

なお、マインド・コントロールという言葉は一般に曖昧に使用されており、それを逆手にとって、「会杜や学校にだってマインド・コントロールはある」といった言い方でセクトの正当化やセクト対策への批判に使われたりするが、本来は、洗脳と同じく明らかな精神的障害を生む現象のことをいう。恐怖感にさいなまれるとか、教祖にいわれるがままにお布施するとか、突然共同体に入って家庭や職場との連絡も取らない等は、いわば病気の症状のようなものである。そして戦後、精神医学の発達で、洗脳、マインド・コントロールという科学的事実が発見されたが、それがこれらの症状の源であるとわかったのである。同時に、マインド・コントロールをやめないグループというものの性質もはっきりと見えてきた。これを「セクト」と呼んだのである。

いわば、暴力団の定義と同じ考え方であるといえよう。まず不法行為ありきで、あるグループが集団的または常習的に暴力的不法行為等を行う潜在的可能性があるから暴力団というのであって、仁侠映画にかぶれてヤクザやチンピラを賛美してやまないグループだからといって暴力団だと認定するわけではない。またあるグループが激昂のあまり暴力を振るったとしてもその後反省して暴力をやめれば、それは暴力団ではない。

当然の帰結として、セクトの定義には宗教を標榜しているかどうかすら関係ない。精神分析や催眠術、自然医学、マルチ商法、自已啓発講座など非宗教、反宗教であってもセクトといえる。

今日、この考え方は西欧諸国のセクト認識の主流となりつつあり、英語でも「カルトは宗教を口実とするセクトであるしという用法が一般化してきている(本稿でもこの意味で使用している)。

とはいえ、市艮団体がいくらセクトに警鐘を鳴らそうとしても、そこには自ずから限界がある。今回の報告書はようやく政府が本腰を入れたものと歓迎された。なによりもまず、市民団体の考えを受けてセクト判断の明確な基準を示したことは、今後の取り組みの上でも大きな意義を持つだろう。

社会を蝕む「病原菌」

委員会はセクト判断の具体的基準として、内務省情報局の基準を採用した。内務省情報局は、日本でいえば警察の公安担当で、中にセクトを専門に担当する部署がある。この部署もセクト問題と宗教を分離する認識に立っており、組織的にも宗教団体を管轄する宗務部とは全く別である。

以下がセクトかどうかを判断する10の基準である。

\鎖世良坩堕蟆
〈説得や怪しげな操作、そのほか具体的な手段でもって支配下にいれるために人を動揺させるという事実〉で〈適用された人々の心理現象に、例えば絶望や呪い、分裂病的症状、あるいは極度の依存状態など重大な結果を及ぼすこともありうる〉

∨ヽ阿紛眩的要求
〈自由意志による献金というのもたいていあてにならない。セクトに対する寄付者に従属性が余りに強いので、自由裁量ということの普遍性に疑問を持たざるを得ない〉

住みなれた生活環境からの断絶
マインド・コントロールによって精神的従属状態に置かれ通常の生活環境から切り離されてしまうことをいう。オウムの「出家」のような状態は勿論だが、表面的には普通の家庭的、社会的生活を送っていても、「信仰」に疑問をなげかけたり、信者の批判的精神を目覚めさせたりして脱会させてしまう可能性のある人物を悪魔だと思いこまされて、接触を避けている状態なども含まれる。

て体的損傷
劣悪な待遇、打撃と傷害、監禁、危険な状態にいる人の無救護や不法医療行為、性的攻撃、自殺、他殺など。不法医療行為は、既成の医療を否定して代替手段とするのか通常の医療の補完とするのかがポーダーラインになる。オウム真理教のような麻薬はいうまでもなく、サイエントロジーのピタミン大量投与もこれに当たる。

ゼ蟠,琉呂すみ
原語 embrigadement は「旅団編成、隊(班)編成」という意味で、ただ単に子供を集めるのではなく、軍隊のように外界から遮断して信者を養成することをいう。「愛の家族」などその典型だ。日本にも児童福祉法などがあるが、「宗教」という口実で例外にしてはならないということでもある。

θ深匆馘な説教
〈信省に向かって既存の法偉や道徳は悪であり、唯一セクトの教えだけが遵守するに値すると説明することが多い〉

Ц秩序の攪乱(かくらん)
Α↓Г砲弔い討蓮◆崙本臣民ハ安寧秋序ヲ妨ケス及臣民タルノ義務二背カサル限二於テ信教ノ自山ヲ有ス」という大日本帝国憲法の条文をたてに思想弾圧された歴史のある日本人としては、誤解されやすいところなので、後で詳しく述べたいと思う。

┷枷什斬舛梁燭
いわば「問題のあるグループ」であるというパロメーターある。また、名誉毀損裁判を繰り返すことによって言論弾圧を試みるセクトも多い。

通常の経済回路からの逸脱
不法労働や詐欺、脱税の類。
普通の会社が、従業員をタコ部屋に住まわせて重労働させれば、たとえ本人が「同意」していても労働基準法などに引っ掛かる。百円の歯プラシを百万円で売れば詐欺になる。宗教団体だからといって、奉仕活動であるとか礼拝のための道具だという名目でそれが許されるとしたら、それは思想信条による優遇であり、法の下の平等の原則に違反する。

公権カヘの浸透の試み
これはもう日本の状況を見れば説明不要だろう。


[1735] 仏議会が認めた創価学会の危険性2 投稿者:ロシアチョコレート 投稿日:2003/08/14(Thu) 02:00:38

徹底した政教分離のもとで

以上であるが、被害者を守る会のものとかなり共通している。なお、このうちの1つに抵触するからといってセクトと即断されるわけではない。とはいえ、実質上セクトはマインド・コントロール集団であり、基準はマインド・コントロールに密接に関連しているから必ず複数の要件にあてはまってしまう。とくに基準の,らイ蓮△泙気縫泪ぅ鵐鼻Ε灰鵐肇蹇璽襪箸いΕ凜ールスがもたらす危険な症状に他ならない。

逆にΔらは日本の宗教法人法の議論でも扱われた宗教団体と、「俗世間」の関係である。この問題は実は、フランスでは1905年の政教分離法で解決済みである。

フランスには人権宣言を価値観、道徳の源泉とする非宗教(ライシテ)の市民社会とカトリックに価値観、道徳の源泉を持つ宗教社会が並立している。簡単にいえば、フランス革命以降の1世紀はこの両者のつばぜりあいだった。そして、今世紀の初めに最終的に決着がつき両者の間に国(市民社会)は、宗教を尊重するが公認しない、宗教は市民社会に立ち入らないというクールな関係が生まれた。

1901年に、アソシアシオンという非営利団体法人の制度が制定された。日本の財団や社団法人のような大きさによる制限はなかったが、宗教を目的としてはいけなかった。このときに、これ以前からあった修道会(コングレガシオン)は、国務院(行政裁判の最高裁判所)の認可を経て特例として法人になることが規定された。

ついで、1905年に政教分離法ができた。これによって、曖昧だった財産を市民社会側と宗教側に分離し、市民社会側に属する公立学校での宗教教育や教会以外の場所での宗教的象徴の掲示なども禁止された。

かわりに、1901年法の特例として宗教を唯一の目的とするアソシアシオン・キュルチュエル(宗教協会)が認可された。

公(public)は市民祉会に属するから、宗教団体「(宗務協会と修道会)は免税特典などのある公益団体にはなれない。通常宗教的行為を行う場所で政治集会を行ってはいけない。同じく宗教的行為を行う場所での演説や朗読、文書の配布、張り紙などによって公的な役務を担う市民を公然と侮辱または中傷したり法律の執行や公権力の法的行為への抵抗を直接挑発してもいけない。

ただしその代わり、1901年法で認められた非営利団体としての唯一の集金方法は会費だけだったのが、宗教団体は直接儀式行事にかかる経費とその場所の維持のための経費を信者に負担させることができるようになった。

財務面では、収支報告書と財産目録を毎年作成せねばならない。これは税務当局の監査の対象になり、控除の対象になる経費以外に使われていると認められる場合には、適常の税率で課税される。日本でいうお布施に当たる遺書による寄贈や生前贈与を受ける際相続税や贈与税の免除を得るには、別個に5百万フラン(1干万円)以下は県知事(任命による国の代表)、5百万フラン以上は、国務院の承認を受けなければならない。この場合でも宗務以外に使用されたと認められる部分には通常の法人税がかかる。

修道会も同じである。ただ、宗務協会と比べて税の減免特典が幅広いので、会計報告義務が強化されている。ただ、前にも述べたとおり、設立にあたって国務院の認可を受けなければいけない。なお現在、キリスト教会以外の宗教を中心に、修道会の新規設立も認められているが、国務院は認可の決定に当たって内務省宗務部の意見に従い、その意見構築には内務省惰報局の情報が大きく左有する。

ちなみに、個人の信教の自由、結社の自由の建前から法人格がいらなければ任意のグループで宗教行為を行っても構わない。文化協会など非宗教的な1901年法の団体を作ることも可能である。ただしこの場合、会費以外の収入はすべて営利収入と見做され通常課税される。

創価学会はなぜ「セクト」か

さて、説明が長くなったが、1905年法の第1条でも信教の自由は、「公共の秋序に反さない限り」と規定されている。そもそも、近代の信教の自由の根拠になっている1789年人権宣言第10条でも、その表明が法律によって定められる公の秩序を乱さない限り」と規定されているのである。おなじく、人権宣言第4条は「自由とは、他人を害すること以外のすべてを行うことである」と明言している。

日本でも個人の権利について、憲法13条に同様の項目がある。だが宗教についてはこんな当たり前の原則が忘れ去られ、宗教法人の治外法権が生み出されている。

なお、ここでいう公の概念は、現代では人権宣言の時代から1歩進んで、ファシズム、全体主義との戦いで獲得したものである。これを手放したくない、という気持ちは、セクト対策を促す原勤力の一つになっている。

ところで、前述したようにこの報告書は実名でセクト団体を公表している。セクトは、潜在的に社会に危害を加えたり集団自殺したりする可能性があるにしろ、すぐに行動を起こすわけではない。しかし、マインドザ・コントロールの被害を出していることは確実である。だから、その予防には団体名を出して注意を喚起する必要がある。

リストには日本の宗教団体も数多く名前を挙げられている。すぐ、フランスはキリスト教だけが優遇されるから、日本の宗教なんか邪教で冷遇されるんだ、という見当外れをいう人もいるが、実態は決してそうではない。

先にあげた宗務協会と修道会は、免税措置などが違うのであって宗派による違いではない。各伝統宗教側でも全国連盟があり当局の話し相手になっている。創価学会が加入しようと策動したフランス仏教連合もその1つである。各宗派とも均等に対処されているのだ。

数多くの日本の宗教団体がフランスに進出しているが、リストアップされていないものも多い。リストアップされるには別の理由があるのである。

挙げられた団体の中で、フランス国内の信者数が最も多いのは創価学会だ。日蓮正宗破門後の元信者への迫害や信者への締め付けが益々強くなっているために被害通報が相次いでいるからだ。なお、フランスでは創価学会は信徒団体ではなく日蓮創価宗とでも訳せる独立した宗教団体の形をとっている。日蓮正宗(大石寺)はまた別に、法人形態は1901年法のアソシアシオンだがフランスにもちゃんと存在している。リスト作成には宗務協会かどうかは考慮されていない。同じような教義を持らながら、日蓮正宗がなく創価学会が入っているのは、教義や儀式行事と関係ない基準で選ばれているからに他ならない。

幸福の科学については日本人社会向けに派手に文書配布しているが人数は少なく、被害例もまだ出ていない。しかし、日本での実態を踏まえて判断されたものと思われる。

崇教真光はかなり被害例が出ているのと、ヨーロッパ大会で教祖に対して派手にヒットラー式敬礼などをして全体主義集団と見られているからである。

他にも晴明教、霊友会、イエス之御霊教会、神慈秀明会などが挙がっている。ただしフランスにおいて日本の宗教団体は、少なくとも現状では統一教会やサイエントロジーのようにアンケート調査をして精神医学の知識を悪用して意図的に計画的にマインド・コントロールするところまではいっていない。

しかし、ある種の行為は結果として、マインド・コントロールを起こしてしまう。こうして信者が増えることを布教の成果があがっていると勘違いしてはならない。しかも創価学会や崇教真光のように指摘されても止めないとなると確信犯である。

麻薬・エイズ並みの防衛策を

さて先ほどのセクト判断10基準を見てもわかるように委員会はセクト問題の本質がマインド・コントロールにあることを強く認識し、その実態と対策に詳細な検討を加えている。これは日本の宗教法人法をめぐる論議では宗教団体内部の問題として看過された領域である。

報告書は、〈セクトの提唱する世界のヴィジョンが、フランスの各階層の人々の中にますます魅力を持って受入れられている〉と述べる。そして、西洋社会の発展モデルの見直し、維済危機、家族構造の変動、さらにそこから生まれた欲求や願望に既成宗教が応えられないという背景を温床にして登場し、マインド・コントロール技術を武器に繁殖するセクトに立ち向かうには、麻薬に対するのに近い心構えが必要だという興味深い指摘を行っている。

セクトは宗教、倫理、エコロジー、医学、文化、教育、自已啓発、性の解放といった様々な仮面を被って近づく。既成宗教の名前を使って巧妙なカモフラージュを施すことすらあるのだ。たとえば愛の家族は、キリスト教徒であると自称する。しかしその実は教祖モーゼ・ダビットの信者なのである。同じ事は、ヨーロッパの創価学会にもいえ、彼等は「日蓮大聖人の仏教」を標榜するが、会員が学ぶのは池田大作の著作、演説である。日蓮創価宗では創価学会幹部が聖職者になっている。フランスに日本仏教の馴染みがないために、多くの信者は自分たちが仏教を学んでいるのだと思い込み、創価学会に対する批判は仏教への批判だと誤解している。

なおかつセクトは敢えて強引な手段に訴えずとも、あたかも自分の意思で入信したかのように相手に思い込ませるだけの高度な説得の技術を持っている。オウムのように同意を得るために実際に暴力を振るうグループは、セクトとしてはむしろ例外である。しかしそこには見逃すことのできない危険性がある。なぜなら被害者はまた新しい信者を勧誘して加害者となる連鎖反応を呼ぶのだから。被害者が加害者になるというこのセクトのプロセスは、麻薬中毒者のやり方と似ており〈セクトの勧誘員は『超越性の売人』と言える〉と委員会は指摘する。

対策提案でも、委員会は麻薬対策を念頭に置いている。すなわち、〈セクトが呈する危険について国が、国民教育の一環として、公民教育の指導要領にセクト現象の検討を入れる。初等から高等のあらゆる学校施設において、毎年説明会を開く。政府がテレビ等でエイズや麻薬中毒の予防キャンペーンと同じように大々的な広報キャンペーンを行う。県ごとに信者の社会復帰をケアする専門官をおく……〉

オウム真理教は実際に麻薬を使用したが、それは、効果を早めただけで、マインド・コントロールは麻薬なしに、麻薬と同じ効果を起こすのである。そして人格は破壊され、場合によっては死に至る。社会復帰には、麻薬の解毒と同じような辛抱強さと行政を含めた周囲の協力が必要になる。

一部からマインド・コントロール罪が提案されたが、最終的に委員会は、政教分離に関する1905年法第31条「個人に対する暴力行為や脅迫、あるいは仕事を失うかもしれないという恐怖、その人個人や家族、財産まで被害を受けるかもしれないという恐怖に個人を晒すことによって、宗教を実践するかしないか、宗務協会に所属するかしないか、宗教の費用を支払うか否か決めさせようとした者」や1994年3月以来適用されている新刑法第213−4条「無知の状態や弱者あるいは未成年者あるいは年齢や病気、身体的心理的欠陥、妊娠状態など特別な弱点が明白であるか、又は犯人が認知している場合、未成年者や弱者に対して極めて有害な結果を生じうる行為を行う、あるいはわざと行為を行わなかったとき」の罰則などで十分対処できるとした。

また、同様に委員会は、セクト新法制定についても、セクト現象は多様で変化しやすく線引きが難しい。一歩間違えると、これは平等の原則、国家の信仰に対する中立の原則、宗教集会結社の自由を侵害する恐れがある。そして、何よりも現行法規の拡充と厳格な適用と強化で対処できるとした。

代わりに、法律という融通の利かない物ではなく、臨機応変に対処できる、各省合同による首相直属のセクト観測所の設置と、宗務高等審議会という会計監査院や公正取引委員会に匹敵する監督機関の設置を提案した。後者の構成は、各種宗教の代表者10名、宗教の分野の権威者(被害者を守る会代表も含まれる)10名、関係省庁からの代表者10名ずつの30名で、現在宗務部がおこなっている調査や手続きをさらに拡充させ、あわせて中立度と効果を増そうというのが狙いである。この柔軟な姿勢を見ると、そもそも日本のような宗教法人法という1つの法律ですべての問題を扱おうとする考え方に、無理があるのではないかと思える。

日本は「セクト天国」か

この報告書の提案がどこまで実施できるかは予断を許さない。しかし、立法行政一致して報告書に賛成、そして「世論」のセクト認識を公認したという事実だけでも、画期的なものがある。

宗教問題かどうかという論争に終止符が打たれ、セクトは宗教問題ではないと断が下されたため宗教弾圧だと非難される心配がなくなり、実名報道に対する名誉毀損訴訟にも安心して対処できるようになって、伸び伸びとセクト報道ができるようになった。

いくら宗教問題ではないとは言っても、セクトはネオ・ナチ問題のように思想の問題でもあるのが対応の難しい所であり、公権力の介入には限界があるのも事実だ。また、公権力に過度に依存することは弾圧を生む危険がある。私は、まさにマスコミこそが先頭に立って被害を生まぬよう、未然に防ぐ役割を担うべき分野であると思う。

この報告書が公刊された1月10日、民放TF1局は、ゴールデン・アワーにスタジオ討論とルポでセクト問題を扱った2時間にわたる特別番組を放映した。創価学会がフランスで運営するビクトルユーゴー文学館で案内嬢から池田大作の名が出た途端「セクトに注意!」とテロップが出るような日本なら偏向していると非難を浴びそうな内容だったが、視聴率52.3%、1干万以上のフランス人が見て、激励こそあれ抗議はほとんどなかった。

報告書がもう1つ具体的対策として挙げたのは国際協力だ。この問題は前々からEC委員会でも取り上げられている。セクトのロビーイングで決定が遅れているが、この報告書と政府・国会の支持表明は、プロセスを早めるに連いない。

宗教ファナティックということで、イスラム原理主義にスポットが当たっている間に、一見するとおとなしそうな宗教の皮をかぶったセクトが静かに拡大し、とくに旧共産主義国では激しい勢いで浸透して、セクトが原爆を持つという事態が、フィクションではなくなっている。日本の宗教法人法審議で野党は拙速であると批判したが、認識が甘いと言わざるをえない。宗教法人対策はともかくセクト対策は急務である。

報告書はセクトの莫大な財力に触れ、〈多くのセクトが税法の『寛容』な国に進出しようとするのである〉と記す。

セクト問題が相変わらず宗教問題の枠内にとどまって政治の駆け引きの材料になっている間に、日本はまさに世界中のセクトの吹き溜まりになっている。

(〈〉内は報告書の引用。ただし紙数の都合上一部要旨とした。またセクトの活動実態の例は報告書記載のものに限定しなかった)

(張り付け終了)


[1733] [1732](Re(?))、、他。ここへと、今、打ってしまった、打ちっぱなしのもの、この、まんま、GO!! 投稿者:白金 幸紀(しろがね ゆうき))会員番号 1738番 投稿日:2003/08/13(Wed) 14:52:53

[1732]↓宗方塵(1730・人文)氏。

中、


貼り付け、抜粋、転載、開始>>>>

<あれだけの超絶的な努力をもってしても難しい矛盾・困難が我々にはあるということを考えておきたいだけだ。>


終わり>>>>>>>他、


その他、今、私自身、読みまして、(読ませていただきまして))、興味深い、感触を、得ました。


と同時に、やはり、私自身、自省する必要性、あるものでも、あります。

今後とも、『ばかエッセイ』(?)、シリーズ(?)、続けられると、良いと、思いました。

ちなみに、宗方塵(1730・人文)さま自身による、前回投稿だっけか、、宮本武蔵 氏、が、出て来、天才=自己破滅的=短命、、のような、箇所、あったと、記憶しますが、

私、白金は、超天才、極超、大天才であり、なお、300歳くらいまで、寿命も持っております。(もしかしたら、1000歳くらいかもしれないし、もしかしたら、130くらいの、短命で、逝こうと、決めるかもしれないし、まだ、未定。自分自身で、断固として、決めてはいない・・詳細略。


わはっ。

なお、現代医学薬学栄養学は、断固迷信、完全虚構であり、

そして、真の理論、真の方便は、唯一、世界で唯一、日本で、唯一、の、日本発、真の真の医学博士、真の真の真の方便、以外に、あり得ません。

私自身、断言、出来ます。もし、私自身、なんか特殊なことを、そして、間違っていたことを、言っていたとしたなら、あなたさま、宗方塵(1730・人文)さまの前で、スッポンポンになり、裸踊り、すること、も、一切、辞さない。

だけでなく、裸踊りしながら、日本中歩いても、いい。それくらい、私自身、断言します。確信しております。


おそくとも、8月いっぱい、そしてもっとさらにおそくとも、9月いっぱいには、この、真の真の総合版、歴史に残る、最高級、真の真の総合掲示板、白金版で、その、真の真の医学博士、真の真の理論、方便、を、

ここで、こちらで、この、最高超極超、の、この、白金版、で、紹介申し上げます。


是非に楽しみにしていたほうが、良い。うふふ。


ほんとうの真なので、あります。相対性を超えた、真髄、骨組み、根幹、の、部分、実の所、99.9・・・・・・%の、人が、現代バカゲタ、キチガエ、現代医学、薬学栄養学、その、他、幹、忘れ果てた、枝の、民間療法、等々等に、未だに、洗脳されたままで、また、固定観念、強、迷信迷妄、至極なままですから、私にとっては、まるで空気のように、当たり前すぎる、「地球は丸い」といいます、「仮説」と、同様くらいに、絶対的、当たり前的な、ものなのでありますが、


多くの方々は、その、当たり前のこと、一切解ろうとする気すら、残念ながら、ないようなので、ありますのが、実情、です。

解る人はすぐ、解る人もおり、また、ちょっとしばらくしてから、解る人もおり、さまざまであり、

っま、解っている人から、熟知している人、私自身のような者から見れば、あまりに当たり前すぎることでも、解らぬ人からすれば、途方もないことなのでありましょう。なお、各々、それぞれ、解るには、ある程度の時間、かかるものなので、ありましょう。

「ほんとうのこと」「真の真」、解るまでは、個人差もありますが、ある程度の、時間と、切欠、必要なのかも、しれません。


私自身、7年前から、強く言い続けておりますが、そして、知る、回りの人にも、強く言っておりますが、解る人、解らぬ人、やはり、おります。

強く言ったにもかかわらず、宗教、現代バカゲタ医師、医療、健康食品、等々等、へと、行き、たとえば、癌とかの人は、皆、死亡となっております。家族が死んでからしか、皆様方気づきません、気づこうとしません、のが、残念ながら、実情となっており、遺憾至極この上ない、実情ではありますが、貴重な切欠つくりのみは、私自身、出来ましても、何も強要など、出来るものではなく、また、出来るはずもなく、その人自身、それぞれに、切欠のみ与えたなら、任せ切るしか、実の所、どうしょうも、ない。


ったく、いつまで、日本人って、(本気で)、自己の頭で考え、そして、自己実験して、とか、せずに、

TVでやってた、とか、欧米で流行ってる、とか、偉い先生が言っていた、、(権威志向でしょうか、、))、そしてまた逆に、妙な、得体が知れない、団体の、教祖様のような所に、虜になったり、etc、

いつまで、そんな、迷妄至極なこと、し続けて、いるのか!!!


いつまでそんな迷妄至極、続け、


自己の、健康保全、せず、愛する人も然り・・・やっているのか!!

幹を見よ¡! 幹を!!  っと、私自身、真から、本当に、強く、思う。


っても、皆様方、気づかない。気づこうとしない。このここの、道場主、日本で、屈指の、文筆家、副島氏自身が、一切、白稚のままだ!!


この日本から、真の理論、真の方便、出てきたといいますのに。。誠に、肝心な日本人自体が、一切、気づかず、


この前も、ちょっと、TV見たら、健康青汁ドリンクとか、やってた。こんな、バカゲタ、誠におろかな、、惨状・・・・


幹を見よ!!!!!!   散々の枝は枝でそれでいいから、やりたきゃ何でもやってもいいから、まず、『幹』を、見よ!!!!

ほんとうに、わたくしは、叫びたくなる!!

っま、99・9・・・・%の、人達が、迷妄の中にいるといいます、この、惨状・・ではあっても、貴重な切欠つくり、めげずに、やって行きたいと、思います。後は各々が判断すれば、して行けば、良い、と、いうだけのことで、ありましょう・・。。


、、、、、、、、、、、っと、話し飛びますが、マッサージ、鍼、お灸、等々、いわゆる、中医学、ですが、7,8年前、漢方等々も、含め、私自身、そっちの、研究も、没頭し、やりましたが、


決して、100%、否定するものでは、決して、ございません。しかし、『幹』を、見るべきなのです。たとえば、私自身、『肩凝り』なんぞ、一切、ございません。どう努力しても、肩凝りに、なりようが、ないのであります。

どれだけ、風邪、流行っていても、当然、私自身、風邪、一切、引きません。

風邪くらい甘く見ても、風邪で死ぬ人、未だに、おります。風邪引くということ自体、『幹』が、きちんと、してないのであります。『幹』が、きちんと、してないから、風邪、引いたり、癌になったり、アレルギー、気管支炎、性病、等々等、万病へと、なることと、なる・・ならないほうが、不思議・・と、断定できます。


よって、真、『幹』、やる人、健康、当たり前と、なりますから、(女性の方ですと、整理痛、等々、なくなります。))


まして、マッサージなど、不要と、なるのであります。


ちなみに、私自身、仮に、この、『真の真』の、お話しは、おいて置くとしましても、


マッサージというものは、絶対に、実の所、迷信至極、です。その時、一時的に、凝ってるもの、分散させて、解消されたとしましても、

絶対に、また、なるはずです。通わないと、すまなくなるはずです。それでも、いつも通うというわけにも行かず、単なる気休め的に行き、あとは、完治は、しなくも、肩こる事も、一種の宿命のようなものだ、と、諦めて、皆様方、日々を、お過ごしになられておりますというのが、現状のようであります。女性の方の、整理痛や、お産の時の、陣痛、等々のように。


真しったあかつきには、それらが、なんてバカゲテイタコトダッタカ、、こんな簡単な、真の真、真実!! 知り、熟知し、実行するだけで、そういった、今まで宿命として諦めてたものが、諦め切ってたものが、正常になるとは・・・・


っと、真、熟知した人、皆、健康満々の、生活を、送っておられます。当然、現代無知バカゲタ、現代医者、一切、不要、健康食品、あらゆる、迷妄、一切、不要と、なっております。


私自身、3っつほど、真、ある、と、思っておりますが,(詳細、略)、もう、この、一つで、ぜんぜん、OK! 十二分と、思っているので、あります。


私自身、小学生のときから、じつは、思っていたことでもあり、そして、真の真の真の医学博士、の、最高超の、7年前の、最高超の、御著書の、出逢いにより、もう、一切、迷信は、私にとっては、不要、です。

ほんちうは、日本人全員、あの、最高超の、真の真の医学博士の、御著書により、皆さん、真へと、一機に気づけば良かったので、ありますが、そういうわけにも行かず、なお、未だに、皆様方、右往左往、し、バカゲタに、振り回され、病という、ことを、一種の『宿命』のように、とらえております、方々が、遺憾なことに、ほとんどの、ようで、あります。。


っと・・・・・・・・永久にいろいろと、打ってしまいそうだ・・


じつはぜんぜんまだまだ言い足りないが、笑

ここで、中途ながら、割り切り、

今、ここへと、予定外に、打った、これ、このまんま、GOして、予定にあった、投稿を、次から、しま〜〜〜〜〜す!


(とにかく、8月中、遅くも、9月いっぱいには、真の真の、医学博士、真の真の方便、ここへと、意を決して、紹介するから、皆様方、含め、どうぞ、お楽しみ、あれ!!


小林よしのりも、そして、副島隆彦氏も、そして、特攻隊等々等も、皆様方、


この、真、知るために、この、『大和』『日本』、あったと言っても良い。真の真、この、日本から、出て来た、のだ!!


シナでも、ヨーロピアンでも、アメリカンでもなく、この、この、日本から、なんとも物凄い、理論、じつは当たり前の理論、出て来た、のだ!!

これ一点を取ってみても、21世紀は、この、日本が、世界を良好へとする、に、私自身、疑う余地ないと、断言して、憚らない。


日本以外の、迷妄な医学、医療、やっても、金ばかりかさみ、一切、病、治らない・・・・・・それらを、一機に、砕、(木っ端微塵に))、する、真の真の理論、方便、


この、日本から、だったのだ!!!!!!!!!!!!!!!ぞ!!!!!!

っま、期待していてくだされ!! うふ!!!!!    実に当たり前のことなんですけどねえ。。特殊でも何でもない。やはり、『真実』とは、美しいものだったな!!!!

っと、とまらんな。。ここらで、、

っま、ここまでで、このまんま、GO!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


[1732] ばかエッセイ続 投稿者:宗方塵(1730・人文) 投稿日:2003/08/13(Wed) 11:36:15

フィリピンに取材した石川好著『ラテンアジア感情旅行』(1997)を読んで、特に第4章「密林の中のフランシス・コッポラ」を読んで、副島隆彦氏の映画本第一弾『アメリカの秘密』(1998)も見直して少し考えた。
かつて日本はロシアの南下に備えて日露戦争の戦略を立て、同時にアメリカは日本の南下に備えてフィリピンを拠点(の一つ)とした米日戦争の戦略を立てた。アメリカのフィリピン統治政策の中心として親子二代に亘ってマッカーサーはフィリピン原住民と付き合った。
ダグラス・マッカーサーはフィリピン原住民の王であった。彼のそうした独特の「原住民の王」的キャラクター構造はフィリピンで形成された。1970年代にフィリピンで駐留米軍の協力を得て撮影された『地獄の黙示録』のカーツ大佐とマッカーサーが製作者の意識の中で重なっていたことは確かなことだろうと思われる(この映画は、あの神経の行き届いた繊細かつダイナミックな作りのサウンド・トラックが鮮烈で素晴らしい!)。敢えて付け加えれば、戦後日本原住民のヒーローであるマッカーサーは、第一にフィリピン原住民の王であり、その後に日本や韓国の原住民の王も兼ねた、と言うべきなのかもしれない。「日本とマッカーサー」という事以前に「フィリピンとマッカーサー」という事に関する充分な研究が必要なのかもしれない。マッカーサーは我々日本原住民達のもの(だけ)ではなく、そもそもフィリピン原住民達のものなのだ。我々日本人は良きにつけ悪しきにつけマッカーサーを独占したがって「フィリピンのマッカーサー」があまり充分に意識に上らないのかもしれない。マッカーサーは韓国原住民達のものでもある。日本には多分ないが、韓国には仁川の丘の最高の場所にマカーター像が建っている(韓人や中人の多くは英語のthをsではなくtに崩す)。フィリピンや韓国ではマッカーサーは「日本帝国ミリタリズム」からの解放者でもあるからなのだろう。日本では、マッカーサーは日本原住民の日本帝国ミリタリズムからの解放者、とは単純にいかなかったのだろうか。日本原住民は日本帝国と陶酔的に同一化しきらざるを得なかったのだろうか。

マッカーサー達が容赦ない強烈な宣撫教育で我々日本人をサヨク化した。これは日本人の2代に亘って、いやもう3代目に入っているが、圧倒的になされているものであり、例えば小林よしのり氏の苦しげな民族派思想漫画でも、サヨクな体は、頭の一部はともかくとして、そう簡単に変わるような程度のものではない。小林よしのり氏自身がサヨクな体ゆえに、あのような妙に苦しげな漫画になっているように思われる(小林よしのり氏は日本国内の教育や報道の内容の幻想に気がついてきているが、実際の素朴な国外経験が乏しすぎるので、思考が短絡し観念的になってしまう。『台湾論』などでも現地体験のトンチンカンな短絡的解釈をたくさんやらかしている)。但し、これは小林氏の鋭意・営為への揶揄だと取られたくない。あれだけの超絶的な努力をもってしても難しい矛盾・困難が我々にはあるということを考えておきたいだけだ。大鉈と子鉈を複雑高度至妙に併用することは思考においても技術的に非常に困難なことであるので、小林氏に対して批判的に考えるところはあっても、贅沢な非難はできない。それよりも、そもそもの所謂明治維新〜戦前・戦中の日本の問題のほうが、これは元祖ウヨク問題と言っていいのか、そちらの方が現在にも通底する根本問題であるように思われる。これは「日本のプライド」問題によってタブー化されてしまうのは非常によくない。やはり明治維新帝国政権の内実の起源にまで遡る問題だ。失礼ながら、人間自体があまりに作り物だ。

戦後は、アメリカンにやられっぱなしかというと、日本人もアメリカ人に対して反撃をしていないことはないと思うのだが・・・・それは例えば、今はどうか分からないが数年前に目撃した珍妙なことで言えば、成田空港の中華料理店に英語のメニューがない(しかも英語で最低限の業務上のやり取りのできる店員がいない。漢字の分からない種類の人々は諦めて出てゆくより仕方がない)、というようなやり方で日本人はアメリカに対して無自覚にスネて(グレて)仕返しをしているようなのだ。現実には、世界中こういう言下の仕返し合戦(間接的な厳然たる拒絶や侮蔑・冷遇)も多いのだが。

副島思考の直裁的なリアリティの洗礼を受けて初めて見えるようなってくること・認識できるようになってくることは多い。 Do you see like that ?

副島隆彦的属国日本論史観を超えるには、何遍もの左右・内外・貧富 etc.へのダイナミックな揺り動かしが必要だと思われる。属国日本論史観を単に追従的にちまちま保守してなどいられない。だが我々はその激しさに耐えられるのであろうか。

参考図書:
石川好『ラテンアジア感情旅行』(NHK出版、1997) 
副島隆彦『アメリカの秘密』(メディアワークス、1998) 
呉善花『生活者の日本統治時代』(三交社、2000) 

2003/AUG/05 記 2003/AUG/13 修正 


付記:

(転載開始) 

yahoo news <新種ウイルス>コンピューター被害、世界で1006件
 新種のコンピューターウイルス被害が世界的に広がり、ワクチンソフト会社大手の「シマンテック」(東京都渋谷区)は12日午後6時現在、全世界で1006件、うち国内では16件の被害報告が寄せられていると発表した。マイクロソフト社のウィンドウズ2000や同XPなどの弱点を攻撃するタイプのウイルスで、警察庁は同日、ウイルスの名称を「Blaster」と公表し、注意を呼びかけている。
 警察庁などによると、マイクロソフト社のアップデートシステムを利用して最新版にしてあれば感染の心配はないが、更新せずに感染した場合、異常終了するなどのトラブルが発生する可能性がある。感染すると同じウイルスをLAN(構内情報通信網)などを通じて拡散させていくという。
 さらに16日以降は、感染したパソコンが同システムへの攻撃を始める仕組みになっているため、同日以降はシステムの使用が困難になる可能性が高いという。警察庁は「マイクロソフト社への攻撃を目的としたウイルスの可能性が高い」としている。(毎日新聞)
[8月13日1時20分更新]

(転載終了) 

私も先ほど、W32.Blaster.Worm というものを、何とか駆除しました。昨日、何回も自動的に再起動していたので変だとは思っていたのですが。ウィルス駆除というのは初めての経験でした。御注意下さい。


[1731] 三色ボールペン情報活用術 投稿者:ロシアチョコレート 投稿日:2003/08/13(Wed) 11:08:38

「齋藤孝のホームページ」から貼り付け

RC:ブックオフ等に売ることを考えると蛍光ペン(消しゴムつき)の方がより良いと思います(笑)。重要なのは、文章を読むときの思考の整理方法を示したことだと思います。私は主観と客観の2色です(笑)。

赤=すごく大事(客観)
青=まあ大事(客観)
緑=おもしろい(主観)

関連書『三色ボールペン情報活用術』角川Oneテーマ新書2003/06
なぜ「整理法」ではダメなのか―「整理術」から「活用脳」へこの本で私が言いたいのは、自分の周囲に集まってきた情報を、本当に有効に活用するための基本技である。モノを整理する以前に大切なのは、頭の中を整理することだ。本書で取り上げる技は「脳内整理術」と言ってもよい。これは難しいことではなく、常日頃からそういう意識を明確にして「脳のトレーニング」を積んでいくことによって、誰でも自分自身に習慣づけていくことができる。
http://www.kadokawa.co.jp/book/bk_search.php?pcd=200301000423

(貼り付け開始)

『三色ボールペンで読む日本語』 齋藤孝 著
(角川書店,2002,\1,500)

新しい技の誕生!
〜まず読みたい本に、三色ボールペンで線を引こう〜

はじめに
シンプルだから応用が利く三色ボールペンの引き方の基本

1.脳を鍛える三色方式

三色ボールペン方式とはどういうものか

線を引かない子どもたち/線を引くには勇気がいる/「読むこと=考えることの技化/本は思考のバッティングマシーン/本は身銭を切って買うもの/三色方式は、国語の九九/要約力・コメント力を向上させる/曖昧は区別がミソ/緑はオープン/青でリードし赤で決める/三色方式に至るまでの試行錯誤/三色の使い勝手の良さ/研究的な読み方/緑は、癖を出すところ/主観と客観の切り替え(スイッチ)が最大のねらい/カチカチは、脳をリラックスさせる/絞り込まれた「型」の威力/要約力は客観的なもの/要約力のタコツボ図/試験方式としての三色方式/読書とは他人の思考に寄り添う訓練である/コミュニケーションの基礎としての読書/「意味の含有率」の高い会話/失敗しない読書会/人に言われておもしろさに気づく

2.三色を技化する

まずは慣らし運転 …星新一
人がどこに線を引いたのかを聞くのは楽しい
新書に線を引く …内田義彦 『読書と社会科学』
著者独自の表現にレスポンスする/緑は自分を知る道/小説を三色ボールペンで読む/
三色は深みに潜る命綱/小説に線を引く
小説にもかまわず線を引く …山折哲雄 『「坐」の文化論』
引きまちがえやすい文章 …三島由紀夫 「日本人の誇り」
赤をひいてはいけないケース

気楽に緑線を引いてみよう 1
 …アーヴィン・ウェルシュ 『トレインスポッティング』
本の球種を三色で見分ける

気楽に緑線を引いてみよう 2
 …ラブレー 『パンタグリュエル物語』
小論文の書き方/緑線が小論文をおもしろくする/書きは読みの氷山の一角/難しい本は三色で解剖する/対話力をアップさせる

スタンダードな論説文に線を引いてみよう 1
 …網野善彦 『日本論の視座』

スタンダードな論説文に線を引いてみよう 2
フランチェスコ・アルベローニ …『他人をほめる人、けなす人』
線を引く勇気を与えてくれる文章 …坂口安吾 「いずこへ」
「わかった気分」はあやしい
安吾のパワーを乗り移らせる
含蓄の深い名文を読む …夏目漱石「子規の画」
感動が線を引かせる
力強く線を引く …ニーチェ『ツァラトゥストラはこう言った』
迷い、そして賭ける
読書の身体感覚を技化する

三色方式体験者の感想

あとがき

http://www.kisc.meiji.ac.jp/~saito/book_012.html

http://www.kisc.meiji.ac.jp/~saito/

(貼り付け終了)


[1730] 辻元清美チャンの逮捕劇から見えてくる、この国の「ファシズム体制」 投稿者:ロシアチョコレート 投稿日:2003/08/13(Wed) 10:10:58

「古川利明の同時代ウォッチング」から貼り付け

(貼り付け開始)

辻元清美チャンの逮捕劇から見えてくる、この国の「ファシズム体制」
03・8・9

 秘書給与流用問題で、辻元清美チャンが昨日(8月8日)、土井たか子の元側近だった五島昌子と一緒に、詐欺罪で起訴されました。この事件に対する、辻元チャン自身への個人的な思いは前回の本サイトで書きましたので、今回はもう少し、同時代的なパースペクティブで、今度の事件の深層を捉えなおしてみたいと思います。
 
 まず、最初に今度の事件の立件の方法ですが、これは間違いなく、在宅で処理できる事案でした。

 というのは大筋で、本人たちは調べに対して、容疑事実を認めていたわけですから、基本的に「逮捕」という強制捜査とは、「犯罪の嫌疑があり」、なおかつ「被疑者が住所不定、逃亡、証拠隠滅の恐れ」がある場合にのみ認められた、あくまで例外的な捜査手法です。

 例えば、「住所不定」ということについて、本人が黙秘をしても、その他の資料によって、住居がわかる場合は「住所不定」とはいえませんし、今回の場合は、容疑事実の一部を辻元チャンが否認した(らしい)ということが、「証拠隠滅の恐れ」とみなされたらしいとのことですが、法執行機関のこんな逮捕権の乱用を許していたら、国民は全員、ちょっとでも否認したらパクられてしまいます。「警察国家」とはこのことで、ほんとに来るところまで来てるというのが実感です。
 
 彼女は任意の事情聴取には応じており、例えば、そこで関係者に口裏合わせをして詐欺の犯意を否認する工作をしていたのならまだしも、そうでなければ、こんなものは「不当逮捕」でしかないでしょう。

 少なくとも、今回のケースは任意捜査、つまり、「書類送検→在宅起訴、もしくは起訴猶予」という手続きで十分だったのに、敢えて、「逮捕」することで、大新聞が「容疑者」という呼称をつけて、大々的に書き飛ばして、彼女の社会的評価、信用を失墜させることができたわけです。言わば、今回は「逮捕」という“セレモニー”にこそ、いちばん大きな意味があったといえましょう。
 
 さて、今度の逮捕劇の狙いのもう一つが、辻元チャンとつながりがある「第三書館」バッシングだったと思います。

 第三書館は、辻元チャンが「なんでやねん」を昨年出したように、社長の北川明氏とつながりがあって、週刊誌等では、もっといろいろと書かれていたものです。

 じつは、第三書館は、私にも深く仕事上で関わっていて、創価学会三部作をはじめ、同社から私は既に5冊の本を出しています。

 もっとも、私自身も、確か二〇〇〇年の末でしたか、ちょうど、学会三部作の三冊目の『カルトとしての創価学会=池田大作』を上梓した直後ですが、社長の北川氏と私と辻元チャンの3人でメシを食ったことがあり、その場で辻元チャンとは、「お互いこれからもいい仕事をしていきましょう」ということで、これからの健闘を誓い合ったものです。
 
 私が第三書館と仕事で関わるようになったのは、1999年からですが、もともと第三書館はそれまでにも、警察の内部告発本を出版したりして、もともと公安当局が警戒し、スキあらばと狙っていた部分があったのだと思います。

 そして、99年以降は、私が同社から「創価学会=公明党」を批判する本を出すことになりました。

 第三書館はそれまで学会問題を扱った本を出していたことがなかったのですが、ちょうど、私が持ち込んだ『新聞記者卒業』を出すことになったことで関係ができ、それをきっかけに、「自・自・公路線の中で、あんな危険な法案が通ろうとして、公明党=学会への関心も高まってきているので、それを検証する本を出したい」とのオファーがあったのです。
 
 じつは、既にそのとき、私は沖縄の大学院に合格が決まっていて、そこで戦後の沖縄ジャーナリズムを研究するつもりにしていました。現地に行って引っ越し先まで探そうと思っていた矢先に、この話が舞い込んできたのです。ですから、人間の運命とはわからないものです。あのとき、『新聞記者卒業』を第三書館に持ち込んでいなかったら、そして、もし、向こうが創価学会本の執筆を依頼してこなかったら、私の人生も、まったく別のものになっていただろうと思います。
 
 まあ、私のことはどうでもいいですが、その後、第三書館は、私の作品のほかにも、野田峯雄氏の『増補新版・池田大作金脈の研究』『わが池田大作バッシング』、さらには元学会顧問弁護士で、池田大センセイの側近だった山崎正友氏が月刊ペン事件の暴露本を出すなど、信濃町から見れば、さしずめ、「目の上のタンコブ」どころか、「スキあらば何とかして潰してしまいたい出版社」なのでしょう。
 
 私自身、北川氏をよく知っていますが、非常にセンスもよく頭の回転も早く、仕事もものすごく早い優秀な編集者です。

 今回も、1年4カ月前の辻元チャンの問題が週刊新潮で報道されたときのように、公安当局の思惑を受けて、週刊誌等の報道では、北川氏と「日本赤軍」のつながりから、北朝鮮へと結び付けて、一挙に叩こうというハラだったようです。

 ただ、私はよくわからないのは、週刊誌の報道にあるように、過去において、北川氏が「日本赤軍」にいたというのがもし、事実だったとして、それがいったい何なのでしょうか?

 そんなこと言ったら、過去において、新左翼の党派に所属し、それこそ「革命」なるものを目指して、ゲバ棒を振り回していたオッサン、オバハン連中はそこらじゅうにいますし。しかし、そいつらは沈黙し、単なる体制の歯車として、「平成ファシズム」の一翼を担っている“衆愚”にすぎません。

 そうやって、過去において、そういう組織に所属していたことで、それをことさら取り上げて叩くというのは、一般にいうところの「偏見」であり、「差別」と言うのではないのでしょうか。

 百歩譲って、いまもまだ、そういう反社会的な行為を続けているのであれば、批判されても仕方ない部分もありますが、そうではありません。それは、「暴力団組員」に所属しているというだけで、社会から排除していく発想とまったく変わりはありません。
 
 そこで、この一連の報道で私がよくわからなかったのが、「キツネ目のオッサン」こと、宮崎学氏の動きです。

 宮崎氏とは、白川新党で一緒にタタカって、何とか自・公打倒のために手を結んだ、いわば同志的な紐帯を感じていましたし、それ以上に、あの名著『突破者』で、アウトロー的な生き方を教示してもらった手前(もし、あの本と出会っていなかったら、私の人生はもっと違うものになっていたでしょう)、そういう氏をここで名指しして批判するのは、多少、心苦しいのがあるのですが、さすがに今回は私も堪忍袋の緒が切れましたので、発言させていただきます。
 
 宮崎氏は『アサヒ芸能』の8月7日号の「キツネ目事件調書」でこう書いています。

 <ただ、いくら見え透いた茶番とはいえ、警視庁がこれだけの行動に出た以上、辻元についてこれまで発表された以外の隠し球を持っている可能性は高い。
 それは辻元と北朝鮮との関係である。これまでにも彼女と深い関係にあったとされる某出版社社長を通じて資金が北に流れているという噂はあった。また、辻元の選挙区にある某病院(相当数の集票を得ていたらしい)の事務関係者は、日本赤軍の重信房子が潜伏のためにマンションを借リる際や、パスポート取得に当たって協力したとされ、すでにパクられている。
 日本赤軍といえば、北朝鮮に渡ったいわゆる「よど号グループ」との関係も近しい。この筋から辻元と北を結び付ける確証を、当局はつかんでいるのかもしれん。警察からのリークはそろそろ始まるだろう。>
 
この文章の載ったアサ芸が発売されたのは、7月29日のことですが、じつはこれを契機に、「警察からのリークはそろそろ始まるだろう」との予告通り、週刊誌や新聞で「第三書館バッシング」の記事が出始めます。

 もちろん、ここで出てくる「某出版社社長」とは、第三書館の北川明社長のことですが、ここでの宮崎氏の文章のタイトルは「辻元清美元議員逮捕は警察不祥事隠しがねらいやた」とあるように、全体を読むかぎりでは、一見、辻元チャンを擁護しているように見えますが、彼が言いたかったことは、ここで引用したくだりだったと思います。

 このようにもっともらしい“ノイズ”を入れて、ホンネを隠すというのは、かの池田大センセイが聖教新聞に発表した今年の「1・26」平和提言(=「イラク戦争はチョーOK」のお墨付きを与えた文章)と同じ手法ですが、私が宮崎氏が敢えてこのことを書いたのか、その理由をずーっと考えていました。

 つまり、短絡的に(というより、牽強付会そのものですが)「北川明氏=日本赤軍=北朝鮮」とこじつけることで、拉致問題で膨らんできた反北朝鮮感情と絡めることで、第三書館を攻撃しているわけです。んで、結局、今回の宮崎学氏の役回りとは、統治権力がマスコミに「第三書館バッシング」をやらせるための、“鉄砲玉”だったように思えてならないのです。
 
 そこで、この場で私は宮崎氏に問いたいのですが、「彼女と深い関係にあったとされる某出版社社長を通じて資金が北に流れているらしいという噂」の根拠を開示していただきたい。

 宮崎氏は常日頃から、当局のリーク情報の裏付けも取ることなく、そのまま垂れ流して記事化する大シンブンの記者クラブの阿呆連中を、痛烈に批判しています。

 ですから、宮崎氏も、アサ芸とはいえ、不特定多数が講読する「公共の出版物」にこれだけ踏み込んで書いているのですから、「噂話」とはいえ、当然、それなりの「根拠」があって、また、真の物書きの宿命として、それなりのカクゴを持ってのことだと思います。

 例えば、この原稿の執筆にあたっては、最低でも、第三書館の社長が最近、北朝鮮に入国したことを示す記録(パスポートのコピーなど)とか、もしくは、第三書館の社長が北朝鮮系の金融機関にカネを振り込んだ記録(たとえ仮にあったとしても、商取引でしょうが)、さらには、第三書館の社長が現在の北朝鮮の中枢とつながっている確証等があって、これだけのことを書いていることと思います。そうでなけば、「噂」ではなく、単なる「デタラメ」ということになりますので。

 まさか、かつて、週刊現代で記者をやっていた宮崎氏ともあろう人が、「かつて、日本赤軍にいたらしいというだけで、今も北と深いつながりがある」というレベルの、ナンボでも公安当局者が垂れ流すリーク情報をそのまま書いているとは、到底、思えません。
 
 ちなみに、こういった公安当局が「差別、偏見」をまき散らし、いったんそういった組織に所属したりしている人を執拗にマークするという構図は、今も昔も変わりはありません。

 例えば、ジャーナリストの斎藤貴男氏が、先日、東京で開かれたシンポの講演で、「私の父親はシベリア抑留帰りだった。しかし、それだけで亡くなるまで公安の監視対象にされ、私の就職でも差別を受けた」ということを言っていました。本当にひどい話です。こういう話を聞くと、私ははらわたが煮えくり帰ります。

 シベリアに抑留されただけで、ソ連のスパイをみなされ、その後も、市井で普通の生活を送っていたにもかかわらず、亡くなるまで、公安当局から執拗に監視されていたというのです。

 本来、「強きを挫き、弱きを助ける」という、「突破者」であれば、宮崎氏の今回のような記事は出てきません。いったい、彼はどうなってしまったのでしょうか。例の革マルの攻撃も「もしかして、あたらずとも遠からずだったのか?」と、勘繰りを入れてしまいたくなるのです。
 
 むしろ、私のカンでは、今回の逮捕劇のポイントは、ケーサツではなく、むしろ、じつは検察という気がします(「カン」は「カン」なりに、それなりの根拠を以下に提示します)。

 というのは、ジャーナリストの魚住昭氏が、先週の『週刊現代』(8月9日号)でも触れていますように、最終的に「検察のトップ」(つまり、原田明夫・検事総長のことですが)のOKがなれば、逮捕にもっていくことはできません。

 んで、ここから先は私の推測ですが、今回の逮捕劇は、「検察のトップの意向」がかかわっている可能性が、かなり高いような気がします。

 法務・検察という役所も、相当、政治的な取引をするところです。そういった例をほじくりだしたらキリはありませんが、例えば、池田大センセイの右腕だった山崎正友氏が恐喝容疑で、1981年に警視庁に逮捕されています。
 
 んで、私の取材では、このときの池田大センセイの「山友憎し」の感情をさっと読み取り、ロッキード事件をきっかけに検察支配を固めていた時の闇将軍・田中角栄は、警視庁の頭越しに当時の検事総長に圧力をかけ、逮捕にもっていきます。警視庁は「スジが悪い」といって、かなり立件を渋っていたにもかかわらず、です。

 んで、角栄はこれによって、池田大センセイに大きな「貸し」を作って、「法華経を唱えるヒットラー」のコントロールにかかるのですが、今回も辻元チャンの逮捕劇も、どうもそんなキナ臭さを感じるのです。
 
 つまり、法務・検察は信濃町に大きな「借り」があります。その「借り」とは、マルハムの寝返り、すなわち、「自・自・公」で盗聴法を通してもらったことです。

 ちなみに、99年4月以降、自・自・公路線が顕在化してきた際、こんな動きが盗聴法の成立に向け、水面下ではあったことを、『噂の真相』の99年8月号のレポート(「稀代の悪法『盗聴法』に執念を見せる法務省幹部の言論介入マル秘大作戦」)が、次のように記述しています。
 
 <また、ある公明党の議員が声を潜めてこう打ち明ける。
 「衆院法務委員会で盗聴法の審議日程が強行採決された4月28日の2、3日前に与謝野と事務次官の原田明夫、官房長の但木とウチの冬柴(鐵三・公明党幹事長)の4人が某所で密会した際、そこで強行採決でいくシナリオが固まっていたのは間違いない」>
 
 で、この密会の場に、当時の法務事務次官であった現検事総長の原田明夫がいるというのは、じつにオモロイですね。つまり、原田明夫は、信濃町に足を向けて寝れないのです(#だから、NTTドコモの事件も尻切れトンボやったんやな。ケーサツの現場はやる気マンマンだったのにな)。

 別に、今回の事件は在宅でも十分に処理ができたのに、どうして敢えて逮捕まで持っていったのか。どうも、原田は今回の逮捕で盗聴法の「借り」を信濃町に返すつもりだったのではないか、と思えてならないのです。

 というのは、辻元チャン逮捕直後の7月21日付け「聖教新聞」の、例の“中傷座談会”では、まさに「鬼のクビ」を取ったように、辻元チャンがやり玉に挙げられているのです。

 確かに前回の2000年の総選挙では、大阪10区で、辻元チャンが公明党の公認候補とデッドヒートを演じて、僅差で勝った際にかなり学会批判をしたとのことですが、それにしても、何ともいえない「阿吽の呼吸」というか、タイミングがいいのです。まさに、「よくぞ、逮捕したぞ! アッパレ」というノリなのです(笑)。

 むしろ、警視庁の武富士事件の処分に合わせたというのは、これを隠すための巧妙なカムフラージュではなかったのかと、私は勘繰るのです。

 ちなみに、この原田明夫は、三井環氏の不当逮捕の黒幕です。まさに、不当逮捕を連発するいまの検察は、「正義の味方」どころか、単なるファッショにすぎません。
 
 で、そこで「宮崎学氏」ですが、この宮崎氏は三井氏逮捕の際も、彼のサイトで、むしろ三井氏を「検事でありながら、暴力団とつながりのあった人間」などと、批判するトーンで書いているのです。

(#ワシがわからんのは、ヤクザの差別に反対しているこのオッサンが、ヤクザとつながっとる捜査官ははケシカランといっとる点や。それは、結局、ヤクザを差別しとるんと違うんかいな。んで、三井のオッサンがそういう連中ともつきあってたのは、ディープなネタを取るためだったわけやしな)

 実際、その暴力団と検察が結託して、三井氏を「口封じ逮捕」に持っていった経緯はいま、公判で次々と明かされていますが、その逮捕直後の『噂の真相』の一行情報に、「原田明夫が宮崎学氏に三井氏逮捕の件で困惑して、相談を持ちかけたとの噂」が出ますが、三井氏逮捕、そして、今回の辻元チャンの逮捕をみて、彼の書く文章を読んでいると、どうも腑に落ちないことばかりなのです。もしかしたら、当局に何かネタを握られてるのでしょうか?
 
 それはともかく、2000年の白川勝彦氏の秘書に始まり、去年の加藤紘一氏の秘書、そして、今回の辻元清美チャンと、自・社・さを支えていた、リベラル政治家を狙い撃ちにした、いずれも秘書がらみによる、法執行機関の一連の“微罪逮捕”は、まさにファッショそのものです。

 こういう光景を見ていると、じつはもう日本は既にファシズムに突入しているのです。だから、有事立法やイラク新法が、あんなふうにスーッと通ってしまうのです。

 もし、真の「突破者」であれば、こうした動きに体を張って抵抗するのがスジですが、最近の宮崎学氏の言動を見てると、どうしてもわからないのです<ゴールデンタイムのクイズ番組に出てしまったり。

 大シンブンをはじめとするマスコミが終わっているのはわかります。

 しかし、こうした根腐れマスコミだけではなく、むしろ、私は「突破者」だと信じていたこの宮崎氏の言動(もしかしたら、既に“転向”してしまったのでしょうか?)にこそ、いまの時代の危険性、そして危機感を痛切に感じ取るのです。いよいよ、この国もトンデモないところに来てしまったようです。

http://furukawatoshiaki.tripod.co.jp/article/89.html

(貼り付け終了)