『エシュロンの国際法的問題』

えりあん

第一章 エシュロンの概略と説明

第一節 エシュロンとは
 1−1−1 エシュロンの活動
 1−1−2 UKUSA協定
 1−1−3 日本の米軍三沢基地のエシュロン基地
 1−1−4産業スパイ
 1−1−5 盗聴しやすい仕組み
   1−1−4―1盗聴正当化のための法整備
     1−4−1−1−1CALEA(Communications Assistance for Law Enforcement Act)
     1−1−4−1−2FISAと大統領命令12,333号
   1−1−4−2−1 あらゆる通信の米英経由
     1−1−4−2−1 コールバック通話
     1−1−4−2−2 ドットコムバブルと通信の米英経由
     1−1−4−2−3 官民結託がもうけた裏口
第二節 傍受方法
 1−2−1 地上通信とケーブルの傍受
 1−2−2 衛星による傍受 
 1−2−3 対衛星通信傍受
 1−2−4 対インターネット傍受
第三節 欧州議会の報告・決議で提起された法律問題
 1−3−1 プライバシーの侵害
 1−3−2 対抗立法措置と防諜共助の必要性
 1−3−3 国家管轄権問題
   1−3−3−1 グレーゾーンを上手く利用
   1−3−3−2 国家管轄権の検証の必要性
   1−3−3−3 インターネット通信網の世界的普及と盗聴の関連性
   1−3−3−4 サイバースペースでの管轄権概念検証の必要性
第二章

第一節 サイバースペースの特徴
 1−1 容易に越える国境
 1−2 サイバースペースは無法地帯か
 1−3 エシュロンの場合
第二節 判例にみるサイバースペース上の事件
 2−1 シティバンク事件を参考に(刑事罰)
 2−2 ベッコアメ事件を参考に (刑事罰)
 2−3 エシュロンの場合(捜査活動)
第三節 管轄権の競合
 2−3−1 伝統的な管轄権の該当作業
 2−3−1−1 属地主義
   2−3−1−1−1 サーバー設置国を基準とした場合
   2−3−1−1−2 発信者の場所(行為発生地)   
 2−3−1−2 属人主義  
   2−3−1−2−1 積極的属人主義
   2―3−1−2−2 消極的属人主義 
 2−3−1−3 普遍主義   
 2−3−2 サーバー設置国の管轄権行使(アメリカ)の問題点
 2−3−3 属地的管轄権の歴史的優位性
 2−3−3 属人主義の主張とその限界
 2−3−4 発信者の国家の管轄権行使(ヨーロッパ)の問題点
 3−3−5 属人主義の問題点
 小活

第三章 エシュロンによる国家管轄権の域外適用
第一節 アメリカ国内法の域外適用 
 3−1 普遍主義による正当化
   3−1−1 ユーニス事件との類似性
   3−1−2 9月11日米国同時多発テロ事件とエシュロンとの関連性 
第ニ節 アメリカ自国法域外適用の正当化の手口(マーク・リッチ事件を参考に)
第三節 アメリカの暗号政策
小括

結論

−本文−

『エシュロンの国際法的問題』

第一章 エシュロンの概略と説明

第一節 エシュロンとは

 エシュロンは、5つの国、すなわち合衆国、英国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの諜報機関によって運営されている自動的全世界通信傍受・中継システムを呼ぶコード・ネームである。米国国家安全保障局(NSA)が主導しているが、エシュロンはDSD(Defense Signals Directorate:オーストラリア通信防衛信号局)などの他の諜報機関と連携して稼動している(注1)。エシュロンは、GHCQ(Government Communications Headquarters:英国通信本部)や、合衆国の他の関連機関とも、種々の条約に従って運営されている。例えば、ロシアに向けて、中国領域内に通信傍受基地を設置したり、サウジアラビアにも、アメリカが基地を設置しているとされる(注2)。
 エシュロンに関する公的な文書の中で、代表的なものは、欧州議会に提出された二つの報告書である。一つ目は、調査員ダンカン・キャンベルによる「通信傍受能力2000」である。
二つ目は、欧州議会の組織「エシュロン特別委員会」が作成した「欧州議会のエシュロンに関する報告」である。前者は、エシュロンシステムの技術的詳細を中心に報告しており、後者は、エシュロンが引き起こす法律問題が内容の中心である。本節と第2節では、「通信傍受能力2000」を中心に参考にしながら、エシュロンの実態をまとめることにした。

1−1−1 エシュロンの活動

 エシュロンは1970年代から存在したとされる。しかし、その能力と重要性は、その結成時から大きく発達した。「通信傍受能力2000」によれば、それは地球上すべてにわたって、多くの形式の送信を傍受し、処理することができる。実際、エシュロンは、電話、電子メール・メッセージ、インターネット・ダウンロード、人工衛星送信など、ほとんどすべての手段の通信を傍受することができる。エシュロンシステムは、これらすべての送信を無差別に集める。エシュロンは、特定の標的についての巨大なデータベースを貯蔵しており、そこには名前、関心ある話題、住所、電話番号、その他選択基準が含まれている。傍受された通信内容はこれらの基準と比較される。その方法はいわゆる「ウェブサイトにおいての「Yahoo」や「Google」などの検索エンジンと、同じようなシステムである。選択基準と一致した場合、その内容は自動的にNSA本部に転送されるようになっている(注3)。

1−1−2 UKUSA協定

UKUSA同盟(協約、協定)とは、1947年に、英国(UK)と米国(USA)の秘密の合意により、世界的な通信傍受をするために結んだ同盟である。その後、ソ連の通信傍受を目的に再編され、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドのコモンウェルス諸国の諜報機関が加わった。豪防衛信号局(DSD)のブレイディ局長はUKUSA協定の存在を認め、外国通信傍受機関と協力していることを認めた(注4)。
 UKUSA同盟は冷戦後も、機能し続けている。通信傍受の対象は、ソ連から世界中の通信傍受へと目的を変えた。一九九二年にNSA長官ウィリアム・スタッドマン海軍大将自らが、「全世界に通信に対応できるように、傍受システムを拡大する」と演説している。(注5)

1−1−3 日本の米軍三沢基地のエシュロン基地

 日本にもエシュロンの傍受基地が存在するとされる。アメリカ情報自由法によって、解禁扱いとなった、米国の情報活動に関する政府文書に、エシュロンの存在を示す情報が散見される。そのなかで、日本に大規模な通信傍受施設を建設したという記述があった。その作戦は「レディラヴ」とよばれ、ソ連を対象とした安全保障上の傍受活動を円滑に進めるため、日本の米軍三沢基地(青森県三沢市)に大規模な通信傍受基地が建設された。この基地では、冷戦後、日本での衛星経由の民間衛星通信を傍受しているとされる(注6)。

1−1−4産業スパイ

 2001年7月、欧州議会で承認、9月に決議・採択された「欧州議会のエシュロンに関する報告・決議」では、「システムの目的は軍事通信ではなく、個人の通信や商業通信を傍受することである」と断定した(注7)。
 エシュロンの傍受活動によって90年代に日本企業は九件の国際入札で米系企業にやぶれた。1994年、サウジアラビアの電話通信網整備事業の国際入札でNECは米系通信会社AT&Tよりも低い応札額を設定出したにもかかわらず、クリントン大統領によるサウジアラビア国王の特別な働きかけによって、最終的にはAT&Tが落札した(注8)。また、NECは、1989(平成元)年、インドネシア政府の電話交換機の競争入札で一番札を取り、契約寸前までこぎ着けた。だが、上述のサウジの事業落札と同じように米大統領が親書をインドネシアに送り再入札にこぎつけた。約二百億円の契約のうち、半分を米国企業が落札、残り半分がNECの取り分になった(注9)。
 日本企業だけでなく、欧州企業も、エシュロンの通信傍受によって、ブラジルやサウジアラビアの公共事業の落札で、米国企業に土壇場で敗戦したとされる(注10)。

1−1−5 盗聴しやすい仕組み

 UKUSA同盟5カ国だけでも、通信傍受基地は地球上にバランスの良い地理的条件で分布している。米国のウエスト・バージニア州シュガーグローブ基地とワシントン州ヤキマ基地は、北米、南米大陸の通信をカバーできる。ニュージーランド、ウェリントンのワイホパイの基地は主に二つのの太平洋通信衛星を対象に傍受し、太平洋、アジア領域の通信をカバーしている(注11)。
 北イギリスのメンウィスヒルでは、米軍が所有し、運用している、最先端のコンピュータシステムと、傍受アンテナが設置されている。メンウィスヒル基地で働いている職員の殆どがアメリカ人で、幹部はNSA(米国家安全保障局)から派遣されている(注12)。
 また、法律面でも、CALEA(Communications Assistance for Law Enforcement Act:通信傍受援助法)や、FISA(Foreign Intelligence Surveillance Act:外国諜報活動偵察法)など、通信傍受を正当化あるいは、援助するための法整備が確立している。

1−1−4ー1盗聴正当化のための法整備

 米国では法律上、NSAは米国内のみで完結する通信を傍受することは原則的に禁止されているが、外国発信の通信を米国内で傍受することは何ら制限がない。アメリカの盗聴件数は過去十年間に二倍になっている(注13)。
 アメリカは、世界で最もインターネットの回線を所有している国であり、少なからず海外通信をアメリカ国内で傍受できるのが現状である。アメリカ国内で行われる盗聴でも、国内通信に限られることは、考えられない。近年、日本でも盗聴法成立の動きがある。この盗聴法は、アメリカの盗聴法である、「包括的犯罪取締及び街路安全法第3編」(注14)と「通信傍受援助法」、両方の内容を包合するものであり、アメリカ盗聴法より、一段と強力な権限を捜査機関に与えることになると、アメリカのNGOが警告している(注15)。
 
1−1−4−1−1CALEA(Communications Assistance for Law Enforcement Act)(注16)

 1994年に通信傍受援助法(CALEA)が成立した。通信事業者、メーカーに対して、電話、FAX、パソコンなどの通信設備に盗聴可能な仕様を組み込むことを義務づけるというものである。この法律の成立の背景には、アメリカ副大統領(当時)ゴアの提唱するGII(The Global Information Infrastructure:世界情報通信基盤)構想の実現と、司法省の国際的なコンピュータ犯罪に対処すべく、他の諸国の司法当局と協議を盛んにしている、という動きが深く関与している、とされる(注17)。世界最大のアメリカ通信会社AT&Tがこれらの政策を指示しており、東京大学法学部教授の石黒一憲氏は、着々と進めてきた官民一体の合法的盗聴計画を「雪崩現象的なシナリオ」と分析している。
 
1−1−4−1−2FISAと大統領命令12,333号

 2000年2月、NSAは「電子調査活動を行う際の諜報機関における法的基準」というレポートを議会に提出した。そこで、通信傍受の正当化のため重要な二つの法律が示された。
一つは、1978年外国情報活動監視法(Foreign Intelligence Surveillance Act of 1978)である。この法律では、外国政府機関および外国人、外国勢力のエージェントとして雇われているあらゆる人物を対象にした、通信傍受、諜報活動は、大統領が司法長官を通じて、1年以内であれば裁判所の許可令状なしで電子的監視による情報の収集を正当化できるとされている。しかし、「合衆国の人物」がやりとりする通信は禁止している(注18)。
 大統領命令12,333号(1992年に立法化)は、CIA、FBI、NSAなどの情報捜査機関に、外国の情報機関の活動に関する情報の収集をおこなう権限を与えている(注19)。しかし、インターネットや携帯電話の通信では、外国情報機関の活動の情報や、テロリストの犯罪捜査とは関係ない内容が殆どであり、アメリカ国内でもプライバシー侵害の批判がおこっている(注20)。

1−1−4−2 あらゆる通信の米英経由

 エシュロンは、世界中に通信傍受基地を建設、設置してきたが、1980年代から、アメリカ、イギリスから遠く離れた遠隔地の基地を使用しなくとも、米英領域内に居ながら世界中の通信を傍受できるシステムを作り上げた。そのシステムと傍受手段は大別して三つある。一つは、@コールバック通話システム、二つ目は、Aインターネット通信傍受B裏口侵入方法による傍受である。Bは@とAとは性格が違う。@とA方法は通信媒体に傍受装置の設置が必要であるが、BはNSAの本部や基地のコンピュータから、意図的、選択的に、世界中のコンピュータの情報を収集できる方法である。AとBの共通点はインターネットを利用した傍受システムである。
 これら三つのシステムは、1980年代に始まった、世界的な通信事業自由化をきっかけに、形成された。それまでは、通信事業はどこの国も、国家が統制していたが、アメリカ、イギリスが先陣をきって、民間に移行し始めた。他の先進国も米英にならって、自由化を推し進めたが、自由市場においての米英系企業の優位性は崩れていない。どの国の通信会社よりも安価なサービスを達成し、確固たるブランドを築いている。よって、世界的な通信の自由化は、通信の米英集中をもたらしたのである(注21)。

1−1−4−2−1コールバック通話

 1980年代まで、殆どの国が国家統制下であった通信事業の自由化で、先行したアメリカやイギリスには、第三国を経由して国際通話をおこなう「コールバック」事業者が多数登場した。この二国は、国際間の専用線がどこよりも安い。例えば、日本から隣の中国へ国際電話をかける場合、直接中国へかけるよりも、アメリカを経由した方が安い、ということになる。世界中の国際通話を米英経由となり、通信傍受装置を仕掛けると、地球上の大多数の人々のプライバシーが筒抜け状態になる(注22)。米英の国際通話のハブ機能化は米英領域内での「一見」合法的盗聴の促進をもたらしている。

1−1−4−2−2ドットコムバブルと通信の米英経由

 インターネットでは、「米国経由」のながれが一層顕著である。「ドットコム」バブルが示すように、日本在住の個人や企業であっても、アメリカにサーバーをもつ例が多い。米国系プロバイダは世界中にアクセス・ポイントを拡大し、欧州系プロバイダでも、イギリスを中継点にしている大手業者がある
 アメリカでは、FBI(Federal Bureau of Investigation:米国連邦捜査局)が「カーニボー」と呼ばれる電子メール収集装置を、アメリカ全土のプロバイダ内に設置しているとされる(注23)。これらの傍受装置は米英領域内に設置されているとはいえ、インターネット通信の米英経由が顕著なため、米英の国民以外の人物がやりとりする通信内容も、傍受されていることは否定できない。

1−1−4−2−3官民結託がもうけた裏口

 アメリカは、インターネット通信網における優位性だけでなく、インターネットにつなぐ、コンピュータのシステムのシェアも独占している。OSは、ウインドウズ、CPUはインテル、パソコン本体もデルコンピュータ、コンパックといった具合に。シェアの独占は、当然製品の技術と仕様が世界の標準規格となりうる。そこで、米政府が、これら民間コンピュータ企業と結託し、アメリカのための通信傍受が行いやすいプログラムを製品に埋めこんでいるのではないか、という疑念が欧州で広がっている(注24)。
 カナダのコンピュータ研究家が、世界中の大部分の企業や大学が導入しているマイクロソフト社のOS、「ウインドウズNT」の中に、「NSAKEY」という謎の項目を発見した。これは、NSAが傍受対象のコンピュータ内に侵入させるための、裏口「バックドア」の項目ではないかという疑念が広がっている(注25)。

第二節 傍受方法

 エシュロンシステムは、数種類の傍受システムから構成されている。一つは、マイクロ・タワーと、屋内に設置される辞書サイズの小型傍受装置を利用した地上通信と海底ケーブルの監視をするシステムである。また、地上から漏れる国際通信衛星に届く電波の監視もおこなっている。現在のところ、エシュロンの主なターゲットはインターネット通信中心のテキストデータであり、電子メール、ファックスそしてテレックスがその対象となっている。電話盗聴においては、会話中の言葉は特定できないまでも、音声認識による人物特定は可能となっている(注26)。

1−2−1 地上通信とケーブルの傍受

 国際通信へのアクセスには、回線ケーブルの傍受が最も初期から実施されている。1945年以来、NSAは主要なケーブル会社のトラフィックを把握してきた。これはコード・ネーム「SHAMROCK」と呼ばれる作戦で、ウォーターゲイト事件に関連した調査に出るまで30年ものあいだ知られていなかった。1975年に開かれた下院議会のパイク委員会の席上、NSAのアレン長官は、「NSAは組織的に、音声でもケーブルでも国際回線を傍受している」と初めて認めたのである (注27)。
 その次に重要な国際通信へのアクセスは、高周波ラジオ(HF)帯域の傍受である。HF帯域は軍事外交用にもっとも利用される周波数であり、こうした帯域の通信にアクセスする拠点がイタリア、イギリスそしてトルコに配備されていたとされる(注28)。

1−2−2 衛星による傍受 
主要都市間を結ぶ極超短波通信については、スパイ衛星によって傍受されてきた。スパイ衛星とは、衛星で直接、通信を傍受するシステムである。
 最初の衛星は、最大の標的は旧ソビエトであり、とりわけ地理的理由で地上ケーブルを用いることができないシベリア越えの情報の取得は、NSAに大きな利益をもたらしたと言われている。この衛星によるプロジェクトは予想以上の成果を上げたため延長され、ふたつの新しいタイプの衛星が1978年と79年に発射されている。この衛星は、1991年の湾岸戦争での活動で、有名な「砂漠の嵐」作戦ならびに「砂漠の盾」作戦に対する支援によって表彰を受けている(注29)。
 1967年から85年にかけて、スパイ衛星の第二の世代が登場する。この衛星はオーストラリア中央部にあるのパイン・ギャップ基地でコントロールされている。これらの衛星のターゲットは、VHFラジオ、携帯電話、ポケットベル、自動車電話などである。
 その次の第三世代は、極地の高度軌道で活動をおこなっている。第1世代や第2世代の衛星ではカバーできない北方地域の通信を傍受するために利用されている(注30)。

1−2−3対衛星通信傍受
 
 民間の衛星(インテルサット)を通過する国際通信を盗聴する作戦は、1971年に始まった。ふたつの地上基地が建築され、ひとつはイギリスにあり、二つの30メートル級アンテナでそれぞれ大西洋上のインテルサットとインド洋上のインテルサットをターゲットにしている。もうひとつはワシントン州のヤキマにあり、これは太平洋上のインテルサットを標的とする。1980年にウエスト・バージニア州シュガーグローブに第三のアンテナ群が構築され、このネットワークは完成した(注31)。

1−2−4 対インターネット傍受

 1980年代以降、NSAとUKUSA同盟国は、インターネット上での通信においても大規模かつ国際的な盗聴活動をおこなっている(注32)。
 標準的なインターネットのメッセージはパケット(データが小分けされたもの)の集合物である。これはIPアドレスと呼ばれる発信地と宛先情報を含む。このアドレスが個々のインターネットに接続されたコンピュータを特定する。
 外国の通信諜報機関が関心を持つインターネット通信の内容は、電子メールとファイル転送である。ほとんどの米国の経由ポイントに毎秒多量のこうした通信データが流れ込む。NSAはインターネットの通信データを収集するために、9つの主要なインターネット経由ポイント(通称IXP、通信ケーブルが集中する中継点)に、1995年までに「スニッファー」と呼ばれる、パケットを捕捉するソフトウェアを設置した。設置された地域は主に西海岸と東海岸で、外国通信の最初と最後の通過ポイントをおさえている(注33)。
 もっとも、こうした国際通信へのアクセスは、より多くのデータにアクセスする便宜も与えると同時に、あまりに大量の情報を提供する。そこで、「ディクショナリー」と呼ばれるデータベースを利用して、調査価値のある情報に厳選する。「ディクショナリー」には、「爆弾、テポドン、プロパガンダ」など、傍受対象の人物が使用しそうな言葉が登録されている。「ディクショナリー」に登録された通信内容だけがピックアップされる、いわゆる「サーチエンジン」と同じ仕組みである(注34)。

第三節 欧州議会の報告・決議で提起された法律問題

 この節では主に欧州議会の決議報告(「個人および商業通信の傍受を目的とする世界規模のシステム(エシュロン傍受システム)の存在に関する欧州議会決議」2001年7月エシュロン特別委員会で承認、同年9月本会議で採択)(注35)の法律問題に言及している箇所を抜粋してまとめることにする。(1−3−1、1−3−2)
 この決議は、公的な機関が初めて、エシュロンの存在を認め、エシュロンが引き起こす法律問題を提起し、具体的な対策を提言したものであり、公的なエシュロン関連の文書では、最も重要な文書だ。決議の内容は、主に、「最新のエシュロン傍受システムの実態」と、「エシュロンが引き起こす法的問題」の実態把握と技術的、法的対策の提言である。エシュロン傍受システムの技術的な内容は調査員ダンカン・キャンベルが欧州議会に提出したレポート「通信傍受能力2000」とほぼ同じであり、本節では説明を省く。法律問題に関する決議では、エシュロンが個人企業の通信の秘密、プライバシーを侵害している可能性と、エシュロンに対しての対抗立法措置の検討がなされている。

1−3−1 プライバシーの侵害

 まず、プライバシー侵害に関する決議文を四つ列挙する
 第一の、「EU法との整合性」という決議文は、EU加盟国である、イギリスに向けられた警告文である。エシュロンの運営国であるイギリスがEU法を侵していると断定している。
 理由は、傍受システムが、「純粋に情報活動の目的でつかわれている場合は、EU法を侵すことはないが、商業競争に係わる情報収集の目的で濫用される場合(EU)加盟国の誠実義務と自由競争に基づいた共同市場の概念と対立」しているからである。
 第二に、「個人生活尊重の基本的権利(欧州人権憲章第八条)との整合性」である。この決議文では、エシュロンの「あらゆる通信の傍受」が「個人のプライバシーの侵害であるとし、欧州人権憲章第八条違反であると主張されている。この条文では、個人プライバシー権をやむをえず侵害する場合は、「安全保障のためのみであり、通信傍受が予見可能性のあるものでなければならない」という「部分的制限」にとどめなければならない、としている。
 第三は、「EUの市民は、情報活動に対する適切な保護をうけているか?」という項だ。ここでは、EU加盟国各国に、市民のプライバシー保護のために、情報活動を監督・精査する監視機関の設置を呼びかけている。
 四つ目は、「結論及び個人・企業の保護に関する国際合意の修正」である。ここでは、プライバシー保護を強化するため、欧州人権憲章や「市民的および政治的権利に関する国際規約」などの国際条約を「テクノロジーの発展に合致」したものに、改正やあらたな議定書を追加することを呼びかけている。また、「米国が『市民的および政治的権利に関する国際規約』に違反した場合」、米国政権に圧力をかけるため、米国のNGO、とくにACLU(アメリカ市民連合)とEPIC(電子プライバシー情報センター)に連帯を呼びかけている。

1−3−2 対抗立法措置と防諜共助の必要性

 今度は、エシュロンの通信傍受活動の対抗立法措置と防諜共助の必要性に言及している四つの決議文を紹介する。
 第一に「EU域内の情報機関の共助」。エシュロンの監視のため、EU域内の情報機関が協力し、共助体制を確立する提言である。
 第二に「市民と企業保護目的の各国の立法措置」。エシュロンの監視のために情報機関が 「市民を保護する適切な」共助活動がおこなわれるよう、監視活動のルールの制定の必要性を提言している。
 第三に「産業スパイに対抗するための具体的利法措置」。EU加盟国に対し、米英企業が契約を締結するために、産業スパイが行われた場合、契約を「国際法の枠組み内」で、無効にする対抗措置をとることを、検討するよう呼びかけている。
 第四に、「法の執行とその監視を行う手段」。すべての加盟国に、情報機関の活動を監視する組織を設置することを呼びかけている。また、監視する際は個人のプライバシー保護に重点をおくことを呼びかけている。
 また、ドイツ(米軍基地にエシュロンの基地が存在するとされる)と英国に対し、欧州人権憲章(エシュロンによる傍受が、予見可能性であり、法的根拠がある、『部分的』なものであること)を遵守するよう、米国に求めることを呼びかけている。

1−3−3 国家管轄権問題

 私が、この欧州議会の報告・決議で疑問に思った点は、欧州議会が国家管轄権問題に言及していない点である。アメリカ主導のエシュロンの通信傍受活動は、アメリカ領域外で行われていることから、傍受された対象国の管轄権と抵触する可能性は大いにある。 エシュロンの傍受活動の拠点となっているアメリカ国外の基地と、あるいは、傍受装置が設置されている場所は、宇宙空間であり、米軍基地であり、公海上であるように、他国領域内でありながら、単純に管轄権侵害とは断定できないような場所であることに注意を有する。これらの管轄権の規定は、国際法で規定されている領域概念ではなく、現段階では「グレーゾーン」に相当する場合が多い。エシュロンはその間隙をついたのではなかろうか。

1−3−3−1 グレーゾーンを上手く利用
 
 法基準がしっかり定められてないとはいえ、何をやってもいいのだろうか。このまま、エシュロンの通信傍受活動を野放しにすると、益々、米欧間の紛争が発展しかねないし、ヨーロッパだけで他の国々からの批判が頻発する恐れがある。最悪のケースだと、ヨーロッパや他の先進国も、情報捜査機関を強化し、米国との産業スパイの応酬合戦が繰り広げられ、「同じ穴の狢」になりかねない。
 そういった意味で、エシュロンの世界的な傍受活動において、国家管轄権の基準を規定していくことは、国際秩序の安定を目指す国際社会の理念において、必要不可欠な作業となるのではないだろうか。
 
1−3−3−2 国家管轄権の検証の必要性

 エシュロンの通信傍受活動を国家管轄権問題で論じる時に、重要なのは、傍受装置が設置されている場所によって、管轄権の確定作業が大いに違ってくることである。傍受装置が設置されている領域が@アメリカ(あるいはUKUSA同盟加盟国)の領域内か、A領域外か、というふうに区別する必要がある。なぜなら、アメリカ領域内ならば、アメリカの管轄内であるから、アメリカを通過する通信の傍受が合法的になりうるのだ。
 
1−3−3−3 インターネット通信網の世界的普及と盗聴の関連性

 本稿では、前述Aアメリカ(あるいはUKUSA同盟加盟国)の領域外での傍受活動での管轄権の確定作業は行わない。 第2節で述べたように、1980年代で、アメリカから始まった世界的な通信自由化により、通信の米英経由化が進んでいる。近年はもっぱら、世界中の主要な通信のやりとりが、インターネット通信に一本化されつつある。また、海外のエシュロン基地でなされる無線、衛星通信の割合は世界的に下がりつつあり、インターネット通信の方に移行しているからだ(注36)。
 アメリカ発の、インターネット通信網の発達、高度化の開始時期は、1980年代の通信自由化の開始時期と一致する。ここにアメリカの情報戦略がちらほら見え隠れする。アメリカがならべく合法的な枠内で、効率的に通信傍受を行おうとしている疑念は「雪崩現象的に」広がる。(注37)

1−3−3−4 サイバースペースでの管轄権概念検証の必要性
 
 アメリカ国内での盗聴でも傍受する「通信”内容”」は明らかに自国管轄外のものである。インターネット(サイバースペース)上の通信のやりとりは、通信の範囲は地理的条件に一切左右されない性格をもつ。日本に居ながら、クリック一つでアメリカのコンピュータにアクセスできる。この性質を利用したアメリカ国内での盗聴を問題視しなければならない。
 サイバースペース上の法概念はいまだ、はっきりと規定されておらず、確定されていない。国際法上においてでもある。同じ国内でさえ、判例にばらつきがある。よってサイバースペース上の管轄権の確定作業を早急におこなわなければならないのである。

第二章 サイバースペースの管轄権概念

第一節 サイバースペースの特徴

 サイバースペースの管轄権概念を述べる前に、国家管轄権の分類を整理しておく。
国家管轄権には、その作用の面で三つに分類される(注38)。
 第一に、「立法管轄権」である。 国内法令を制定して、一定の事象と活動を適用の対象とし、合法性の有無を認定する権限である。
 第二に、「執行管轄権」。行政機関が逮捕、捜査、強制捜査、押収、抑留など物理的な強制措置により国際法を執行する権限である。
 第三に、「司法管轄権」。司法機関がその裁判管轄の範囲を定め、国内法令を適用して具体的な事案の審理と判決の執行を行う権限。「執行管轄権」と「司法管轄権」の両者を合して「強制管轄権」とする場合もある。
 執行管轄権に関しては、国家領域をこえてこれを行使することを禁止する国際法が一般的に確立している。一方、立法管轄権については、国際法の禁止規範が確立されているわけではない(注39)。本稿では、エシュロンの通信傍受活動による盗聴捜査が、執行管轄権の域外行使か、そうでないのかが、論点の中心である。
 
2−1−1 容易に越える国境

 リアルワールドでは、殆どの犯罪が国内で完結する。しかし、サイバーワールドでは、インターネットに繋がった、数万円のコンピュータを利用すれば、頭を使わずとも、誰もが瞬時に、外国の領域内にあるコンピュータにアクセスし、犯罪を起こしうるのである。アメリカでは、いまや「インターネットは低所得者の、手軽な娯楽設備」といわれている(注40)。
 コンピュータの発達(ハードの発達=処理速度の向上。ソフトの発達=操作性の向上)は、なにも、コンピュータの専門家でなくとも、犯罪を起こすことができることを可能にした。むしろ、紹介する2事件のように、悪意をもった犯罪者にとって、好都合なツールとなりえたのである。これまでの、常識では考えられなかった、世界中の国境をまたがった、大規模な犯罪と、その裏にかくれた、様々なハッキング、クラッキング行為が頻繁に続出している。
 
 2−1−2 サイバースペースは無法地帯か
 
 既成概念をこえた犯罪に、現行刑法をどう適用するのか、どの国の、どこの法律を適用するのか。あらたな、万国共通のサイバースペース刑法なるものを、立法する必要があるのか。無法地帯と化した、と多くのユーザーが認識するサーバースペースは、むしろ、多数の国境をまたぐことから、管轄権という「法律問題」を処理するために、実務法律家、法学者の活躍の場を生むこととなったのである。
 インターネットの利用がアメリカを越えて、全世界に広がったのは、最近のことである。当然、現行の法律がインターネットの利用が引き起こす様々な問題に的確に対処できない状態である。悠長に新たな立法を待つことはできないので、どの現行の法理論で処理していくのが現実的であるのは言うまでもない。

2−1−3 エシュロンの場合

 エシュロンにとっても、インターネット通信網の発達と同時平行に、傍受の網も広げようとしている(注41)。これからも、益々ユーザーが増えるインターネット通信網はエシュロンにとって格好の有線回線傍受網である。
 しかも、このサイバースペース、インターネット通信網は、エシュロンの主導国アメリカの国防総省が、創設したものである。
 インターネットの登場により、世界各国の言論の自由が飛躍的に増加したのは、アメリカの偉大な功績ともいうべきだが、その一方で、各国憲法が定めている通信の秘密を侵害する行為が日夜なされている疑いがある。このことは、「言論の自由」と、「刑事捜査による監視」、どちらが、優先されるのか、意見がわかれる(注42)。欧州議会の立場は、エシュロン報告にみられるように、前者の立場であり、アメリカは、エシュロンの通信傍受活動に限って言えば、後者である。

第ニ節 判例にみるサイバースペース上の事件

2−2−1 シティバンク事件を参考に(刑事罰)

では、実際に判例を参照して、インターネット犯罪の特徴である、容易に国境をこえる犯罪の例を見ていくことにする。

シティバンク事件(注43)
 
 サンクトペテルブルク工科大学の卒業生ウラジミル・レヴィンはロシアのサンクトペテルブルグでコンピュータ専門家として働いていた。レヴィンはロシアでインターネットに接続し、アメリカのニュージャージーにあるシティバンクの電子決済システムに侵入し、外国の顧客企業三社のパスワードを解読することに成功した。そして、総額3,700 万ドルをインターネット経由で、アルゼンチン、インドネシアの銀行のコンピュータをも操作して、そこから、アメリカ、イスラエル、オランダ、ドイツ、スイスにある多数の口座に送金した。
 不正操作が世界的規模で行われたため、金銭の引出しや資金洗浄を専門とする30 人からなる捜査本部がレヴィンのために組織された。レヴィンは、1995 年3 月に旅行中のスタンステッド空港(イギリス)でインターポール(国際刑事警察機構)にコンピュータ詐欺罪で逮捕され、ニューヨークの捜査機関の要請でアメリカに引渡された。
 シティバンクは、奪われた全額の大部分を取り戻すことができた(注44)。

 シティバンク事件では、ロシアにいる容疑者が、アメリカのシティバンクのコンピュータ(サーバー)にアクセスし、アルゼンチン、インドネシアの銀行を利用し(これも、その銀行のコンピュータ、サーバーを操作したのであろう)アメリカ、イスラエル、オランダ、ドイツ、スイスの口座に送金した。サイバースペース上の行為である。
 この事件では、犯人が容易に、外国の領域に存在するコンピュータを操作して機密データにアクセスできることを示している。わざわざ、ニュージャージーの銀行にいかなくても、ロシアに居ながら、銀行強盗ができるのである。
 しかし、このような国境をまたがった犯罪に適用するための国際刑法は存在しない。どこかの国の捜査機関が管轄をもつか、どの国の刑法を適用するのか、という管轄権の問題が生ずるのである。

2−2−2 ベッコアメ事件を参考に (刑事罰)

それでは、犯罪自体は国内で完結しているが、容疑者の国内での行為が結果的に世界中に影響を及ぼした事件を紹介する。

ベッコアメ事件(注45)

 東京都内の会社員(28歳)と高校生(16歳)は、インターネットの商業プロバイダ(接続業者)である「ベッコアメ・インターネットサービス」(本社・東京都)にそれぞれ個人でホームページを開設し、わいせつな画像をアップロード(下位のコンピュータから上位のコンピュータにデータを一括して転送すること)していた。二人のホームページには、日本語、英語、ドイツ語で書かれおり、国内外から五ヶ月で一五万件ものアクセスがあった。もっと凄いものはないのかという「利用者の声」に、内容がどんどんエスカレートしていった。そこに掲載されていた画像は、すべて性器が露出された無修正のものであり、既存の印刷メディアであったとすればただちに刑法175条が問題となる。
 二人は、わいせつ図画公然陳列(刑法175条)の容疑で警視庁の取調べを受け、本年4月に会社員には懲役1年6月執行猶予3年の有罪判決が下された。

 この事件では、「猥褻な」画像を削除しなかったということでプロバイダの刑事責任も問われた。ドイツの検察官もが、ベッコアメ・インターネットサービスの社長である尾崎憲一に対して、東京にある彼のウェブサーバー上の非合法な内容について公式に注意を促した(注46)。
 犯人は日本国内で自宅のコンピュータから、日本国内にあるプロバイダ(接続業者)のコンピュータ(サーバー)に猥褻画像をアップロードし、インターネット上に画像を陳列した。しかしその画像は世界中のインターネット使用者に向けて公開された形になり、また、その画像ページが英語、ドイツ語でもかかれており、多くの海外ユーザーが閲覧した。
 プロバイダのベッコアメ・インターネットサービスも、顧客の犯罪行為に対して何も講じていなかったとして、ドイツは共同正犯あるいは従犯として刑事責任を追及しようとしていた。この事件以来、欧州で問題になっていた、プロバイダの責任論が日本でも議論の的になった。プロバイダは電気通信事業法での通信の秘密によりどこまで捜査機関に情報を開示してよいか、議論の的になっている(注47)。

2−2−3 エシュロンの場合(捜査活動)

 以上、述べたように、サイバースペース上の犯罪は複雑な管轄権の基準の考慮に悩まされる。そして、エシュロンを考慮する場合、2事件にみられるようにサイバースペース犯罪の管轄の基準を国家管轄権論にリンクさせる必要があるのだ。
 以上の2事件はあまり、国家的な利益の損害にはならない範疇のものである。エシュロンによる盗聴捜査は産業スパイによる、国家経済の行方を左右する。
以上の2事件は、発信者国のロシア、日本が管轄をもたなくとも、被害国(または着信国、シティバンク事件では、特にアメリカ。ベッコアメ事件では、特に最も敏感に反応したドイツ)が捜査をしても、対して国に損害が及ぶこともない。
 シュワルツェネガー論文では、最初に捜査を開始した機関が、管轄をもつ、と述べられているし、このような複雑な事件は、捜査機関も管轄をもちたがらない(注48)。
 しかし、エシュロンによる盗聴捜査活動は別だ。アメリカが好き勝手に、執行管轄権を行使しているからだ。アメリカが、「最初に捜査を開始したから、盗聴していいのだ」と強引に開き直ったら、EU,日本は大いに困る。
 エシュロンが上記の2事件に対しての捜査活動と違うのは、以上の2事件の場合は、事件が起こってから(結果が発生してから)、捜査が開始しているのに対し、エシュロンの場合は、無条件で、且つ、裁判所に令状を届け出ずに、捜査を開始し、強引に不正取引など、機密情報を発見しようとしている。
 エシュロンによる盗聴は、各国の利益に大きく関わるため、管轄の設定が、正式な合意でなされなければならないのはいうまでもない。どの国も、アメリカが最初に盗聴捜査を開始することに、快く思うはずがない。サイバースペース上の管轄権は厳格に、扱われなければならないし、各国の基準が違っても、安易にハーモナイゼーションすることなく、慎重に調整を行うべきである。

第3節 管轄権の競合
  
 多数の国家にまたがるサイバースペース上の犯罪、エシュロンの盗聴捜査においては、どの国の法執行機関が起訴し、事件の捜査を開始するのか。いずれの国家の管轄権に、優先的に適用を認め、効力を持たせるかという問題が生じることになる。一国が持つ管轄権は、具体的には、それぞれの国がおかれている国際的、国内的状況によって異なる。複数の国家がその管轄権を他国の領域で行使すれば、管轄権の競合問題が生ずる。
 ここでは上出の2事件を参考にしながらエシュロンの盗聴捜査がアメリカ国内でなされることが、適法なのかどうか、国家管轄権の理論からみると適切なのか考察していく。

 2−3−1 伝統的な管轄権の該当作業
 
 サイバースペース上の管轄権が国際法的に、いまだ確立していないとはいえ、サイバースペース上は無法地帯ではないし、新たな立法を待つ余裕もない。犯罪の構成要件は、リアルワールドとなんら変化がない。これまでの犯罪が、ただ単に、複数の国境をまたぐようになり、管轄権の設定が複雑化しただけともいえる。であるからして、インターネット犯罪の管轄設定作業を伝統的な管轄権理論を駆使して行うしかないのである。

2−3−1−1 属地主義

 属地主義は、本来、犯罪に関して適用された基準であり、実行者の如何に係わりなく、自国領域内で行われた犯罪その他の違法行為に対して自国刑法を適用するとの原則である(注49)。インターネット犯罪では、自国民が自国領域内で実行行為をおこした場合に属地主義が採用されうる。
 アメリカにおける、エシュロンの盗聴捜査の場合はアメリカ国内におけるサーバーへの盗聴捜査が属地主義によってなされてよいものなのか、考察する。一見合法的に思えるこのケースは、インターネットの回線とサーバーの大部分がアメリカ国内に集中しているために、他国への影響の配慮から、慎重に対応する必要があるのだ。

 2−3−1−1−1 サーバー設置国を基準とした場合

 サーバー設置国における属地主義に基づく管轄権の行使を考察する対象は、主にアメリカである。自国内に設置されているサーバーを属地主義でもって捜査対象にすることが問題となる。とくに、エシュロンの傍受対象に外国人ユーザーが使用または所有しているサーバーがなっていたとしたら、捜査されてもやむをえないのか、それを阻止できるのか、はっきりさせる必要がある。

 2−3−1−1−2 発信者の場所(行為発生地)   
 
 シティバンク事件の場合は、容疑者レヴィンがいたロシアが行為発生地である。レヴィンが直接アメリカ上にあるコンピュータに命令を出し、不正処理が行われていても、行為者(レヴィンはロシアにいるのである。このように、行為者のいる、行為発生地すなわち発信国が属地主義として採用されうる、という考えである。行為が着手された国が管轄権を有するという点が、「主観的属地主義」に類似する。この見方をEU、スイスなどヨーロッパ諸国が採用している(注50)。
 
 2−3−1−2 属人主義
 
 属人主義(国籍主義ともいわれる)には積極的属人主義と、消極的属人主義がある。積極的属人主義の場合、国は、自国民が世界のどこで犯罪を行おうと当該自国民を訴追することができる。消極的属人主義は、国外で行われた自国民が被害者である犯罪に関し、外国人を裁判するために、用いられる(注51)。

 2−3−1−2−1 積極的属人主義
 
 たとえば犯人が規制の緩い国に、自分のコンピュータをもって移動し、そこで実行行為に及ぶことが頻発するかもしれない。そのようなことを防ぐため、属地主義でまかなえない時の援用手段として、積極的属人主義が必要とされる。
 また、エシュロンのアメリカ国内のコンピュータに対する捜査を防ぐ根拠として、外国ユーザーの国籍の管轄権を属人主義でもって主張することができるかもしれない。
  
 2―3−1−2−2 消極的属人主義 

 インターネット犯罪により、損害を被った、被害者が消極的属人主義に基づき訴追できる。たとえば、外国にある、自国民が所有するサーバーが、クラッキングによって、ダウンさせられ、経済的損失が生じた場合など、消極的属人主義に基づいて、犯人を訴追できるかもしれない。

 2−3−1−3 普遍主義   

戦争犯罪、海賊行為、ハイジャック、テロリズムのような「国際社会全体」脅威を与える犯罪行為は、「普遍的管轄事項」として、すべての国々に、管轄権の行使が認められているとされている(注52)。
インターネット犯罪においては、児童ポルノサイトの取締に関して普遍主義(世界法主義とも呼ばれる。)の立場をとっている。
 スイスと、ドイツがポルノ犯罪において採用している。国際法的な取り決めにもとづいて、訴追可能である犯罪に限る。この世界法主義は、多くの国において双方可罰的でなければならない。国によっては禁止されている表現と、そうでない場合は十分ありうる。また、インターネット起源国のアメリカが、この世界法主義の提唱者である。この概念が広まると、アメリカにあわせることになり、過度な域外適用が公然となされる危険性がある。
何カ国にもまたがった、同時におこるサイバーテロの対処にも、もちろん、普遍主義が採用されるであろう。同時多発テロにより、サイバースペース上でも、各国の司法共助の必要性が高まるだろう。しかし、テロの阻止が隠れ蓑となり、インターネット上からの、エシュロンによる、産業スパイ(たとえば、口座凍結の捜査に乗じて)がなされる危険性がある(注53)。

 2−3−2 サーバー設置国の管轄権行使(アメリカ)の問題点

 インターネット起源国であるアメリカにとって、世界中のユーザーから発信されるコンピュータ通信の集中は、エシュロン傍受網の格好のインフラであるのはあきらかである。
 例として、アメリカ国内にある、@日本人が所有者であるサーバー、A所有者はアメリカ人であるが、ユーザーの大半が日本人であるサーバーである場合、どのような管轄権の競合がおきるか考えてみる。
 単純にサーバーがアメリカ国内にあるから、つまり、アメリカ政府の管轄下にあるから、属地主義に基づき、アメリカ国内法を適用し執行管轄権を行使して良いのだろうか。
 問題は上記の例では、サーバーはアメリカにあるのだが、実際にそのサーバーを使用しているのは日本にいる、日本人である。行為の発生は日本の領土内でなされているのである。
 属人主義を採用すれば、アメリカにあるサーバーは、日本国籍を有する個人が実質的に占有、使用しているので、国籍国の日本の管轄、日本国内法の適用範囲、あるいは、執行管轄権の行使が妥当になるのだろうか。属地主義の優位が国際法上、一般原則であるため、現状では不可能と言わざるをえない。(注54)

2−3−3 属地的管轄権の歴史的優位性

 伝統的な国際法においては、国家領域(領土、領海、領空)では領域主権に基づいて、領域国の国家管轄権が排他的かつ包括的に適用されるとされた。逆に、他国の領域内で実行された行為や事態に対してはその国の管轄権の排他性が認められ、自国の管轄権は認められないことになる。
 よって、国際法の原則である、属地主義を採用しないで、属人主義をとります、といっても、根拠がない限り、国際法上認められないだろう。さらに、通信傍受法、外国情報活動監視法などに基づく、盗聴捜査は執行管轄権の行使である。上記で述べたように、領域国の排他性が「特に」認められるのは執行管轄権であるから、なおさら属地主義にもとづき、合法的にサーバーを捜査できることになりうる。
 
2−3−4 属人主義の主張とその限界

 上記のように、サーバーの設置場所の国が、執行管轄権を行使できるとする場合では、日本が属人主義を根拠に、サーバーの実質的所有者は日本人であるから、日本の管轄下だ、日本の法執行機関しか捜査できないのだ、と主張することが国際法上、合法的ではなく、執行管轄権の域外の行使となり、国際法違反となってしまう。伝統的な一般国際法上のうえでは、そうとられてもしかたがない、ということになる。
 それに対して、サイバースペース上では、リアルスペース上の法概念が通用しないから、属人主義の採用は、あながち認められないというわけでもないのではないのか、世界各国のユーザーが使用するサーバーがアメリカ国内に集中している現状では、属地主義が厳格に適用され、アメリカの監視下に入るのは、不公平ではないのか、という主張がなされ得る。
 だが、アメリカにサーバーを好んで置いたのは、その国のユーザーなのであって、アメリカの管轄下に入ることを、みずから容認したことになる。自分でやっておいて、後になって、「不公平だ」と主張しても、説得力があまりない。
 日本の刑法では、海外にあるサーバーを捜査押収することができない(わいせつ図画公然陳列、刑法175条では)。また、日本の猥褻罪の容疑者が、海外のサーバーに画像をアップロードした場合、その「アップロード」の捜査が日本国内で行われたにすぎない。(注55)画像が、誰にでもみることができる状態すなわち「陳列」は海外のサーバー上での行為である。つまりサーバー設置国の管轄権に属する。アメリカでも、この猥褻罪と同じような法律があったばあいは、もちろん、アメリカの捜査機関が押収してよいだろう。
 しかし、このような海外のユーザーが使用するサーバーの捜査押収が頻発する危険性はある。国際秩序維持の観点から、アメリカは、情報捜査機関の権利濫用を自制し、諸外国へ配慮すべきではないだろうか。いくらアメリカにインフラが集中しているとはいえ、その影響はアメリカ国内の問題だけではなく、世界中に広がっているのである。

2−3−5 発信者の国家の管轄権行使(ヨーロッパ)の問題点

 ここで、エシュロンによる盗聴捜査活動に異を唱えるEUが採択した欧州サーバー犯罪条約の管轄権の規定をみてみることにする。この規定は、EUの立場を主張する管轄権の規定でもあるのだ。

第3節 管轄権

第23条 管轄権
1. 各加盟国は,犯罪行為が,
a. 当該加盟国の領土内で;又は,
b. 当該加盟国の国旗を掲揚した船舶中で;又は,
c. 当該加盟国の法律に従って登録された航空機内で;又は,
d.犯罪行為地の刑法によって処罰できる場合若しくはその犯罪がいかなる国の属地的管轄権にも属さない場所で、当該加盟国の国民によって,実行された場合には,この条約の第2条ないし第11条で規定したあらゆる犯罪に対する管轄権を確立するために必要となり得る立法及びその他の措置を採らなければならない(注56)。

上記の条文をみるかぎり、属地主義(a,b)を原則として、属人主義(d)はよほどのことがないかぎり、採用されないように定められている。
 EUはこの条約により、EU各国のユーザーが使用するアメリカ上のサーバーが、アメリカの管轄下に入ることを認めてしまったのであろうか。実はそうではないのである。これまでの話は、「サーバーの場所」を中心に管轄権の適用範囲を考えてきた。EUはどうかというと、「行為者(ユーザー)の場所」の政府が属地的管轄権を支配する、としているのである。
 つまり、サーバーの場所を基準に考えてきた場合、ユーザー側の管轄権行使は、属人主義を採用しなければならなかったのだが、「行為者」を視点にとることにより、アメリカ法執行機関におるサーバーに対する傍受、盗聴捜査活動は、執行管轄権の域外の行使とすることができ、ユーザー側の国の管轄権を伝統的な国際法で認められている属地主義で正当的に宣言することが可能になったのである。
 しかし、行為者の国内行動はあくまで「発信」にすぎないといっていい場合が多い。猥褻罪の例でも、国内の捜査はアップロードのみで、画像の陳列(だれにでも見られる状態)は海外のサーバー上でなされたものである(注57)。この行為発生地の属地主義を採用の行き過ぎは、これこそ「国内法の過度な域外適用」になってしまう危険性はある。


3−3−6 属人主義の問題点
 ポルノ画像をサーバー上で陳列し、または販売することは先進国のほとんどで禁じられるようになった。だが、規制の緩い国に、犯罪者がパソコンを持参してそこから、サーバーにアップロードすることが頻繁におきる可能性がある(注58)。自国内で、規制の緩い国の接続サービスと契約し、そこで、陳列、画像の販売を行うと、行為発生地は自国内なので罰せられるが、犯人が海外でそれを行った場合はお手上げだ。
 そこで、積極的属人主義に基づいて、犯人を海外まで追って、訴追してよいのだろうか。属地主義の観点からは、執行管轄権の侵害ととられても仕方がないかもしれない。しかし、例に挙げたポルノ犯罪は国際的な司法共助によって取り締まる必要性はあるが、その他の犯罪や属人主義に基づく捜査は自制がもとめられよう。

小活

 インターネット通信のアメリカ経由が顕著になっている今、属地的管轄権にのっとり、アメリカが、容易に、合法的に外国の通信内容を傍受できるのが現状である。EUが、発信国を基準とした属地的管轄権を主張しても、アメリカ国内の盗聴捜査をすぐにでも阻止できるわけがなく、実効性は低い。もし、アメリカのエシュロンの通信傍受活動という、国益むき出しの「自発的な」盗聴がなされなかったら、EUの発信国主義はある程度通用するだろう。 アメリカの捜査機関が自制して、外国人がやりとりする通信内容を傍受しなければ、の話である。あくまで「自制」であって、捜査が及ばないことを期待するしかないのである。
インターネット通信は、 出版物にくらべ、容易に自分の意見表明が可能になった。むしろ、アメリカは、自分が世界に提供したこの「言論の自由の理想」(注59)を推進すべきではないか。アメリカの人権団体、ACLUが指摘しているように、インターネットを流れる情報は、大部分が犯罪に関係のないものである(注60)。アメリカが、捜査の利益を主張するには、妥当性を欠く。
世界各国の憲法には、「通信の秘密」の規定がある。例えば日本では憲法21条であり、ドイツ憲法では第10条に「通信の秘密の人権保障」として定められている。どちらも、捜査よりも個人のプライバシー保護を優先している。ドイツの連邦裁判所は「無差別で完全な監視体制」は、外国情報目的でも許されないと、エシュロンの憲法違反を断定している(注61)。EUの発信国主義の採用は、言論の自由と、人権の尊重というポジティブな相互主義の現れである。これは、欧州議会のエシュロン報告決議で、個人のプライバシー保護のためを盛んに主張してきたことに繋がるのである。各国が、憲法改正によって、「通信の秘密」規定を破棄しない限り、エシュロンの通信傍受活動、無差別監視体制は、許されないだろう。

第3章
エシュロンによる国家管轄権の域外適用

第一節 アメリカ国内法の域外適用 

 アメリカはこれまでに最も盛んに自国国内法の域外適用(主に輸出管理法と、反トラスト法)を盛んにおこなってきた国である(注62)。エシュロンの通信傍受活動が単純に国家管轄権の侵害にならないことは既に述べた。すべての通信をアメリカに通過させることによって、筒抜け状態」にさせる合法的盗聴を可能にする国家戦略の実行が1980年代の通信自由化から進められてきた。このまま、通信の米英経由の比率が高まれば、わざわざ、自国外の管轄権を侵害してまで、外国で傍受活動を行う必要はなくなるのか。単純にそうとはいえなくなってきている動きも見せている(注63)。アメリカは自国法の域外適用を国際合意によって、認めさせ、自国盗聴法の域外適用を合法化しようとする動きをみせている。
 アメリカは「合法的な法執行活動」により、エシュロンによる盗聴捜査活動を正当化しようとしているのだ。エシュロン関連以外の分野でも、普遍主義と効果理論を上手く使って自国法の一方的な域外適用を正当化してきたし、これからもその動きに拍車がかかるであろう。

3−1 普遍主義による正当化

 麻薬取引、国際テロ行為、海賊行為などの国家犯罪については、その防止と処罰が国際社会の共通利益として確立を認められている。そして条約を通じて国家犯罪の防止と処罰を国際法益として確定し、立法管轄権の基準を統一(犯罪構成要件の特定、加重処罰義務)したうえで、各国国内法令の域外への拡張的な適用を積極的に認められている。とくに普遍的管轄権を一部で認めることにより、犯罪者がいずれの国に現に所在するかにかかわらずこれを処罰できるようにする方向になってきている(注64)。執行管轄権においても、国家犯罪については、共通利益の実現のための行使として、正当化できる議論がなされている。しかし、アメリカの「過度」な、一方的な執行管轄権の域外適用には慎重に議論をする必要があると私は考える。

3−1−1 ユーニス事件との類似性

アメリカ主導エシュロンシステム盗聴活動によるアメリカ国内法の域外適用を論じるにおいて、ユーニス事件は大変参考になる事例だ。

ユーニス事件

 ヨルダン航空機がレバノン人のテロリストにより乗っ取られた事件に関連して、2年後の1987年にアメリカは地中海の公海上で犯人の一人であるユーニスを逮捕して連行し、アメリカで訴追した。この逮捕は、「金の釣り竿(golden rod)」作戦と名付けられた周到な計画に基づいて、非公然活動を実行した。アメリカ裁判所はこの事件についての裁判所の管轄権を、ハイジャックされた3名のアメリカ市民が乗客として登場していたことによって基礎づけた(消極的属人主義)。この事件はアメリカが国内法令を執行するために国内外においてテロリストを逮捕した最初の事件である、アメリカがこうした措置に及んだのは、航空機の登録国であるヨルダンが内政の混乱からハイジャックの犯人に対して実効的な措置をとれないでいるに代わって、国際社会の利益の擁護を理由に、頻発するテロリズムに厳正にアピールするためであったといわれる(注65)。


 
 この事件では、公海にある外国船上で外国人犯罪者を逮捕し、(アメリカの言う「法執行活動」(law enforcement activity))、自国に連行することが、国際法上認められるかということが、問題となっている(注66)。つまり、禁止とされてきた「執行管轄権の域外適用」がこのような形でなされていいのか、ということだ。いくらテロリストを処罰するとはいえ、ずけずけと自国から遠く離れた外国領域内に侵入し、周到に計画された非公然に法執行活動を展開されると、周辺の国々はあまりいい気分がしないだろう。エシュロンについても同様のことがいえる。

3−1−2 9月11日米国同時多発テロ事件とエシュロンとの関連性 
 
 アメリカは1986年に「包括外向的安全および反テロリズム法」を制定し、消極的属人主義に基づくアメリカ裁判所の管轄権を明確に認めている。また、外交関係法第3リステイトメント402節への注釈は、一国の国民をねらい打ちにした組織的なテロリストや政府職員の暗殺などについては、消極的属人主義が認められている(注67)。だから、9月11日の同時多発テロ事件については、アメリカはテロを指示したとされるビンラディンやタリバン指導者の身柄を拘束し、アメリカで裁判権を行使できると主張していることだろう。
 これまでに述べたとおり、自国外において一方的に介入して法執行活動を行うことは一般的に禁止されている。しかし、テロ活動が国際社会全体の利益の侵害となるとして、域外での法執行活動は認められる場合があるのだ(普遍主義)。
 だが、テロリズムの定義は曖昧で、他の国にとっては、「自由の戦士」であり、現在の多様な国際社会において、一様に定義することは難しい(注68)。このことは、多くの政治的問題を抱えている。アメリカの一方的な域外での法執行活動は、アメリカの論理を国際社会で押し通すことになることにもなりうるのである。
 このことは、国際社会全体の利益になるのだろうか。国際社会の秩序維持につながるのであろうか。エシュロンシステムによる傍受網は世界中に張り巡らされており、合意を得ていない国家の領域内でも盗聴活動が及ぶのである。テロリズムの定義がアメリカとは異なる国家の領域内でもだ。テロリズム撲滅のためとはいえ、世界中での盗聴捜査活動はアメリカの傲慢な態度であり、国際秩序を乱す行為だとしか言いようがない。

3−2  アメリカ自国法域外適用の正当化の手口 

 現状では、アメリカの過度な自国法の域外適用は、各国の対抗立法によって、簡単に濫用できなくなっている。しかし、アメリカは自国の影響力、経済覇権を強めるため、自国企業の国際的シェアを広げたいがために、海外のブロック体制を打破するための戦略を常に練っているようだ(注69)。
 ここで、アメリカがどのようにして、そのブロック体制を打破しようとしているか、考察するときに参考になりそうな事例を挙げておく。アメリカはまさにこのような戦略で連邦盗聴法の域外適用と盗聴による捜査活動(執行管轄権の域外適用)を正当化しようと目論んでいるのないだろうか。

マーク・リッチ事件

 アメリカの裁判所が、スイスの石油関連取引企業マーク・リッチ社に、アメリカの子会社との取引で、アメリカの税金を不当に少なくしようとしたとして、親会社に、数年間のすべての取引に関する情報を全部出せ、と命じた。スイスの側には、銀行の秘密に限らず、外国側に文書等を出したら罰する、との法律がある。スイス政府は、アメリカ裁判所の命令が、国家対国家の平等な関係を脅かすものとして、それらの文書を、先手をうって没収した。アメリカの裁判所は、その処置を、アメリカ国内制度である、「裁判所侮辱」だとし、その制裁として、一日5万米ドルの罰金をマーク・リッチ社にかけた。スイスは、「アメリカ裁判所の一方的な命令によるのではなく、スイス政府の共助要請の形で処理すべきだ」と主張した。最終的に、マーク・リッチ社はアメリカ政府に1億5000万米ドルを支払った(注70)。

 アメリカは、スイス側による対抗立法の適用をはねのけて、最終的に莫大な賠償金を手に入れることができた。エシュロンの通信傍受活動により、このような不正との疑いのある取引を発見した場合、それ摘発すれば大量の賠償金(アメリカ国内制度の三倍賠償などにより)をせしめることが可能となりうる。そのような事が今後おこりうるとなると、各国の国際企業はたまらないであろう。アメリカが賠償金をせしめるチャンスを掴むために、マーク・リッチ事件とは多少異なるケースだが、「マネーロンダリングや、テロリストの資金保有防止をかかげて(普遍主義)新条約の締結(情報開示要請としての司法共助を含む)にこぎつければ都合がいいことこの上ない。
 マーク・リッチ事件はアメリカが他国間条約(国際共助協定、国家と国家が、平等な立場で公的規制をし、問題に対処する)を無視し、諸国間の真の協調を避け、自国の価値観の押しつけた重要な事例である。

3−3 アメリカの暗号政策

 アメリカは、自国を「通信のハブ化」にもっていこうとしているのは、前にのべたが、それだけではおさまらず、自国が開発したインターネット通信網がはられている全ての地域までも、監視下に入れておこうとしている(注71)。エシュロンの世界展開を、インターネット通信網でも可能にしようというのだ。
 監視するといっても、ケーブルに傍受装置をするわけではなく、将来、普及するといわれる電子マネーの取引で使われる暗号をアメリカが解読できるものにさせる、という戦略だ(注72)。 さらに、マネーロンダリング防止や、テロ資金保有防止のためなどの、2国間、多国間の共助協定により、「アメリカ捜査機関が解読できる暗号の鍵をアメリカに寄託する」という取り決めがなされた場合、どうなるか。直接、海外で法執行目的による盗聴捜査、すなわち、連邦盗聴法の域外適用が公然となされうる。
 その前に、アメリカは暗号製品の輸出規制を緩和して、自国の安価な暗号製品を浸透させる必要がある。他国が、優秀な暗号製品が開発すると、アメリカは「テロリストの手に渡らないよう」輸出管理法の域外適用により、阻止し、輸出規制の圧力をかける。1997年に同じような理由で、アメリカはNTTの暗号製品の開発にストップをかけた(注73)。
 さらに、1996年のアメリカ商務省のガイドラインでは、アメリカ捜査機関がおこなった盗聴の事実、有無の情報の開示を禁止する、守秘義務を課した(注74)。合法的盗聴のために条約を批准したとしても、各国憲法が定める「通信の秘密」の規定が遵守されければならない。こうなることがないよう、常に各国政府は欧州議会が盛んに呼びかけている「プライバシー保護」の重要性を強く認識せねばならないのだ。

小括

 アメリカは、テロの防止あるいは麻薬取引の防止のために、外国領域内で、従前の国際法の枠組みの外で、立方管轄権のみならず、執行管轄権の域外適用を「法執行活動」と称して強行するようになってきている。こうした執行管轄権の域外適用は、それ自体としては明らかに執行管轄権に関する国際法の実定規則に違反するものである。
近年アメリカの同時多発テロにみられる通り、地域紛争の範疇に属するテロ(北アイルランド、フィリピン、イスラエル等)以外は、アメリカを標的にしたテロが多い上、アメリカ国内で繰り広げられる事件が大多数をしめる。また、アメリカ国外であっても、アメリカ大使館やアメリカ軍基地、や戦艦空母のように、標的はアメリカに関係する施設が大半だ。
 つまり、テロリストを取り締まるための自国法、執行管轄権の域外適用は「国際社会全体の利益」ではなく、「アメリカ一国の利益」となっているのが現状ではないのだろうか。よって、盗聴捜査による執行管轄権の域外適用の意義とその必要性は少なくなっているのではないだろうか。
 アメリカは、日本だけでなくヨーロッパ内、いや世界中の、アメリカ企業と取引の多い国々の出来事をアメリカの論理で動かそうとしているのではないのだろうか。グローバル化、ボーダーレスエコノミーが叫ばれ、進んでいく中で、いちばん積極的にそれを働きかけているのがアメリカであり、さらに自国の論理を世界標準にしようとの覇権願望を感じ取れる(注75)。
 このアメリカ動きは、国際法による秩序維持を、強引にもアメリカ主導による基準統一にもっていき、国際社会の安定性をもアメリカによってもたらそうという現れではないのか。
 アメリカの一方的な域外適用は違った意味での国際法の発展をねらっているかのように見える。つまり、「国際法をアメリカ法にしてしまえ」という最終的な目標をもっているかのように思えてならいのである。

結論

 本稿では、国家管轄権論を中心にエシュロンの通信傍受活動を分析した。そもそも国家管轄権の存在意義とは何か、今一度考えてみる必要がある。アメリカという国家が自国民の私的な利益のためだけに盗聴がなされていいのか。国家管轄権の制度趣旨とは「主権国家が並存している現状を前提にして国際秩序を保つため」であろう(注76)。アメリカ政府の行為は、バルセロナ・トラクション事件において、ICJフィッツモーリス判事のいう「国家の裁判所が管轄権の範囲決定において一定の節度と自制を用いることにより、他の国に適正に帰属し、適正に行使される管轄権を不当に侵害することを回避すべき義務」(注77)とは明らかにかけ離れている。
国際社会は多様性に満ちている。条約締結による、ルールに統一においても、国内法秩序および文化の相違点はある程度、尊重しなければならないのではないか。エシュロンの世界的盗聴捜査活動が、市民の個人尊重の自由な生活を阻む、恐怖政治に発展していく危険性は大いにある。旧ソ連のような独裁政策に後戻りしてはならない。
 欧州議会で「エシュロンに関する報告決議」において、「プライバシーの保護」「通信の秘密」を強調しているように、「通信の主権」が属地的管轄権による「無差別監視」に勝るようになるべきだ。 国際社会は、国内法の相違点を尊重し、各国の「相互信頼」を重視する国家関係を目指した方が、国際秩序の安定がもたらされるのではないだろうか。

(注1) Duncan Campbell-European Parliament(Der Angliff訳)「通信傍受能力2000」http://www.infovlad.net/underground/asia/japan/dossier/echelon/iptvreports/ic2kreport.htm,「Interception Capabilities2000」
http://www.europarl.eu.int/stoa/publi/pdf/98-14-01-2_en.pdf、2002/01/15*(アクセス日)
(注2) 同前。
(注3) 同前。
(注4) 江下雅之「IT超大国アメリカの通信傍受網」『「IT」の死角 インターネット犯罪白書』(宝島社、2001年)18頁。
(注5) Duncan Campbell-European Parliament(Der Angliff訳)、前掲論文。
(注6) 産経新聞特別取材班『エシュロン』(角川書店、2001年)176頁。
(注7) 「欧州議会のエシュロンに関する報告・決議」前掲書、186頁。
(注8) 江下雅之、前掲論文、16頁。
(注9) 中日新聞「日米安保50年」取材班「エシュロンの影 通信傍受し産業スパイ」『中日新聞』2001年8月26日
(注10) Duncan Campbell-European Parliament、Der Angliff訳、前掲論文。
(注11) Duncan Campbell (Bill Totten訳)「あなたの電話は聞かれているかもしれない」http://www.billtotten.com/japanese/ow1/00290.html 2002/01/21)
(注12) 美留町奈穂「世界規模通信傍受網エシュロン」2001年
http://www.law.keio.ac.jp/~yakusemi/research/10_natsu/10_natsu_mirumachi.pdf、2002/01/21
(注13) 「アメリカ合衆国捜査盗聴とプライバシー被害」『日弁連新聞』1999年5月1日第304号)
(注14) Pub.L.No.18 U.S.C §§2510-2520(1970)
(注15) 前掲論文『日弁連新聞』1999年5月1日第304号
(注16) Communications Assistance for Law Enforcement Act of 1994 (CALEA), Pub. L. No. 103-414, 108 Stat. 4279. )
(注17) 石黒一憲『世界情報通信基盤の構築』(NTT出版、1998年)246頁以下参照。
(注18) Foreign Intelligence Surveillance Act of 1978, Pub. L. No. 95- 511, 92 Stat. 1783
(codified as amended at 50 U.S.C. §§ 1801-1811,
(注19) Information Organization Act of 1992, Pub.L.No.102-496,§702,106 Stat.3188-89
(注20) 江下雅之、前掲論文、20頁。
(注21) 同前、20頁以下。
(注22) 石黒一憲、前掲書、285頁
(注23) ジム・プッツァンゲーラFBI、テロリストの「痕跡を求めネットと電子メールを捜査」
『asahi.com』http://www.asahi.com/english/svn/K2001092100606.html、2002/01/21)
(注24) 産経新聞特別取材班、前掲書
(注25) 同前、119頁。
(注26) Duncan Campbell-European Parliament Der Angliff訳、前掲論文。
(注27) 同前。
(注28) 同前。
(注29) 同前。
(注30) 同前。
(注31) 同前。
(注32) 同前。
(注33) 同前。
(注34) 同前。
(注35) 産経新聞特別取材班、前掲書、186頁以下「付録」、欧州議会決議の和訳参照。
(注36) 江下雅之、前掲論文、20頁。
(注37) 石黒一憲、前掲書、285頁。
(注38) 広部和也「国家管轄権の競合の配分」編集代表 村瀬信也・奥脇直也『国家管轄権 −国際法と国内法− 山本草二先生古稀記念)』(勁草書房、1998年)149頁。
(注39) 同前、149頁。
(注40) 後藤貴子「所得者層に浸透したインターネット」『後藤貴子の米国ハイテク事情』http://www.watch.impress.co.jp/pc/docs/article/20001027/high16.htm 2001/12/22)
(注41) 石黒一憲、前掲書、285頁。
(注42)  K.F レンツ「監視型インターネット否定論」『青山法学論集』第42巻第4号(2001年)52頁。
(注43) クリスチャン・シュワルツェネガー(園田 寿訳)「インターネットにおける場所的適用範囲」『関西大学法学論集』49巻1号(1999年5月)125頁以下。
(注44) Michelle Delio、大野佳子、小林理子訳「歴史に残るハッカー列伝」『HotwiredJapan』(2001年)
http://www.hotwired.co.jp/news/news/technology/story/20010209307.html、2002/01/21
(注45) 東京地方裁判所平成8年4月22日刑事第2部判決『判例タイムズ』29号266頁
(注46) クリスチャン・シュワルツェネガー(園田 寿訳)「インターネットにおける場所的適用範囲」『関西大学法学論集』49巻1号(1999年5月)125頁以下http://w3.scan.or.jp/sonoda/text/schwa.PDF 参照。
(注47) 岡村久道「Webコンテンツと知的財産〜 著作権の概要と新しい流れについて 〜」(1997年)http://www.law.co.jp/jpnic/nicdoc044.htm、2002/01/31)
(注48) クリスチャン・シュワルツェネガー(園田 寿訳)、前掲論文。
(注49) エイクハースト=マランチェク、(長谷川正国訳)『現代国際法入門』(成文堂、1999年)178頁。
(注50) 石黒一憲『グローバル経済と法』(信山社、2000年)381頁。
(注51) エイクハースト=マランチェク(長谷川正国訳)前掲書、178-180頁。
(注52) 同前、180-182頁。
(注53) 石黒一憲『グローバル経済と法』412頁。
(注54) 村瀬信也「国家管轄権の一方的行使と対抗力」村瀬信也・奥脇直也編『国家管轄権 −国際法と国内法− 山本草二先生古稀記念)』(勁草書房、1998年)61頁。
(注55) 園田 寿「サイバーポルノと刑法」『法学セミナー1996年9月号』(日本評論社、1996年)4頁以下。
(注56) 欧州評議会(夏井高人訳)「サイバー犯罪条約草案(公開第25版)」http://www.isc.meiji.ac.jp/~sumwel_h/doc/intnl/cybercrime-conv25.htm、2002/01/11)
(注57) 園田寿、「サイバーポルノと刑法」前掲書、4頁以下。
(注58) クリスチャン・シュワルツェネガー(園田 寿訳)前掲論文
(注59) K.F レンツ、前掲論文、38頁。
(注60) バリー・スタインハード「アメリカ合衆国捜査盗聴とプライバシー被害」『日弁連新聞』1999年5月1日 第304号
(注61) K.Fレンツ、前掲論文、43頁。
(注62) 小原嘉雄『国際的事業活動と国家管轄権』(有斐閣、1993年)279頁以下。
(注63) 石黒一憲、『世界情報通信基盤の構築』287頁。
(注64) エイクハースト=マランチェク(長谷川正国訳)、前掲書、180-182頁。
(注65) 奥脇直也「国際法の実現過程−変容する国家管轄権の機能−」村瀬信也編『現代国際法の指標』(有斐閣、2000年)69-70頁。
(注66) 同前。
(注67) 同前。70頁。
(注68) 奥脇直也、前掲論文、71頁。
(注69) 石黒一憲『国際摩擦と法』(筑摩書房、1994年)79頁。
(注70) 石黒一憲『国際民事訴訟法』(新世社、1999年)25頁。
(注71) 石黒一憲『世界情報通信基盤の構築』、287頁。
(注72) 松浦康彦「盗聴法・不正アクセス法の行方と問題点」『朝日総研リポート1999年2月第136号』http://www.asahi.com/paper/aic/Thu/d_soken/19990204.html、2002/01/21
(注73) 石黒一憲『世界情報通信基盤の構築』297頁。
(注74) 同前、294頁。
(注75) 石黒一憲『世界情報通信基盤の構築』285頁。
(注76) 奥脇直也、前掲論文、67-68頁。
(注77) 奥脇直也「国家管轄権概念の形成と変容」編集代表 村瀬信也・奥脇直也『国家管轄権 −国際法と国内法− 山本草二先生古稀記念)』149頁。




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